16.時空交差点 −2

震えが止まらない。

藤川の説明の言葉より先に、直人の表層意識に、モニターに映る父の心象の記録と交錯する、無意識に蓄積されていた記憶が次々と鮮明に蘇ってくる。

直人は、両の手で自分の身体を抱きしめるようにして、震えに耐えていた。

その時、突如、未確認PSIパルス信号の探知音が、<アマテラス>のブリッジに甲高く鳴り響いた。

アランは自身のコンソールに向き直すと、すぐに信号の解析にかかる。

「信号照合パターン判定!ターゲット信号に合致!カミラ、捉えたぞ。」

「よし、すぐにIMCへ転送して。」

カミラは、震える直人の背に視線を戻す。

「ナオ…」

「チーフ!ターゲット信号、来ました!」IMC<アマテラス>管制担当のアイリーンが声を上げる。

「至急、片山さんに送ってくれ!」「はい!」アイリーンは東の指示に従い、コード化した信号を片山に送信した。

東は続いて<アマテラス>ブリッジを映すモニターに向き直り、指示を送る。

「インナーノーツ!解析に少し時間を要する。そのまま待機だ。」「了解。」

その間にもモニターに映る心象風景は刻一刻と変化している。

…直人…どうすれば…

先程から、集中治療室と廊下らしき場所を直哉の記憶は行き来している。ベッドに安置された幼い直人の姿を見つめながら考え込んでは、部屋の外へと出て行く…その繰り返しだ。父の表層意識の声は、様々な思考が入り乱れ、部分的に音声再現された言葉も意味不明なものばかりだ。

インナーノーツのメンバーには、ただの映像、ただの音声であっても、当時の記憶が意識に表出し始めた直人には、父親の苦悩、後悔、事態への怒り、そして愛情の残留思念がダイレクトに伝わってくる。

「…うっ…ううっ…」

「ナオ、おいナオ!!呑まれるな!」「センパイ!」

嗚咽を漏らし始めた直人に居た堪れず、呼びかけるティムとサニ。

「…と…父さん…ごめん…父さん…」

その仲間の声も届かず、頭を抱えてうなだれる直人はうわ言のように呟いている。

「インナーノーツ!」モニターから東の尖った声が届く。

「もう少し信号サンプルが必要らしい。まだ行けるか?」

東もモニター越しに直人の様子は把握している。

「…。」カミラは、判断を迫られる。前列のシート越しに直人の肩が小刻みに震えていた。

「ティム、船のコントロールは?」先程、自動航法にロックされた操縦系統は、いつの間にか解除され元に戻っていた。

「…戻ったようです。」ティムは、自身のコンソールの全計器とパネル類を確認しながら答える。

「よし…。サニ、IMCから送られたマップには、この先に信号密集領域があったはず。そこまでの航路を割り出してちょうだい。」

「えっ…?」サニは直人を一瞥し戸惑いを見せる。

「早くかかって。」追い討ちをかけるようにカミラはたたみかける。「は、はい。」

サニは、直人を横目に見ながら作業にかかる。程なくして、サニが操作するコンソールの画面に航路のプロットが浮き上がる。

「航路選定完了!PSI-Linkナビゲーションへセットしました。」

「船を進めるわよ。ティム。」毅然と指示を飛ばすカミラ。「りょ…了解。」ティムも直人を横目で気にしつつ、舵をとる。

「さっさと終わらせような、ナオ…。」頭を抱えうずくまる直人にそう呟くと、ティムはスロットルレバーを引き倒した。

<アマテラス>のメインノズルが、青白い閃光を放つ。

…あれか!…

徐々に速度をあげる<アマテラス>。その上空から一筋の黒い影が追ってくる。

…神子の思念を辿れ…異界船はその先だ…

主の言葉どおり、彼らが「神子」と呼ぶ存在の思念に自己の思念を同調させていくと、玄蕃は瞬く間にその船を眼前に捉えた。

…何だ、この力場は?…

その船体に取り付こうと接近した玄蕃は、思念体である自己の身体が急激に締め付けられるような重圧を感じる。主人によって、現象界に召喚される際の感触によく似ていた。

玄蕃は、<アマテラス>の波動収束フィールドの中へと足を踏み入れていた。その中は、「霊界」の只中に仮初めの現象時空間を生み出している。

なるほど…そういうことか…

玄蕃は、自身の身に起こっている現象、そして異界船のカラクリの一部を理解した。だが、彼の霊体はその場にあって完全には「実体化」していない。この場でも彼は「幽霊」的な存在のままだ。

<アマテラス>はミッション対象のPSIパルスと同調し、その対象に関わる事象は、波動収束フィールド内に現象化させることが出来るが、乱入してきた玄蕃はその対象ではない。そのカラクリは玄蕃も把握しきれなかったが、この状況は彼にとっては好都合だった。<アマテラス>に彼の存在を知られる事がないのだから。

主人、神取によれば、「神子」の思念は、船の内部まで達している。だが、船の表面には結界が展開されており、侵入は不可能らしい。

確かに「神子」と呼ばれる存在の思念は、何故か船の中から感じられる。

…結界か…はたして…

玄蕃は、「神子」の思念をさらに追いかけるようにして、その船の中への侵入を試みた。

…!!…

<アマテラス>の船体上部に一瞬、青白い閃光が弾ける。

「ん?」アランは、突如船体監視モニターの上甲板を示す部位に黄色地に黒字で示された「Caution」ランプが点滅しているのを認めた。

「何?」「上甲板に展開している第3PSIバリアに微弱な位相変動反応だ。大したことはない。」カミラの問いかけにアランは淡々と応えながら、対応を進める。

PSIバリアの出力を調整しかけたその時、ランプの点滅が消えた。

「誤作動かしら?」「いや…どこも異常なさそうだが…。」アランはランプの消えたモニターを訝しげに見据えていた。

…ふん、確かに強固な結界だ…まあいい…

玄蕃は、船から適度に距離をとる。この船の作り出す力場の中に意識を集中していれば、見失うことはあるまい。

…異界船よ…お前の能力(ちから)、拝見させてもらうぞ……んっ?

玄蕃は、この力場の「空気」が毛色を変える様を霊体の肌で感じ取っていた。

先程の船体監視モニターの異常解析にかかろうとした束の間、アランのコンソールパネル一面にPSIパルス観測反応を示すログが加速的に叩き出されていく。

「来たぞ!例の信号の密集領域だ!」「サンプリングは!?」「とうに開始している。そのままIMC へ転送するぞ。」

すぐにアイリーンのコンソールパネルに、<アマテラス>から転送されたサンプリングデータが流れ込んでくる。

「来たか!」アイリーンのシート後ろから身を乗り出してパネルを覗き込む東。

「解析に回します!」アイリーンは即座に対応する。

「これだけあれば…。」東は<アマテラス>のブリッジが映し出されたモニターに視線を戻す。直人は依然、うずくまっていた。

…直人…少しの辛抱だ…

「!!」直人の意識に流れ込む…いや、無意識の内にあった記憶なのか…直人の心の中で響く父の声。

心臓を握り潰される感覚が、直人の腰を浮かせた。

「!」いきなり立ち上がった直人に、一同の視線が集まる。

直人は先程から、もはや意味のある映像を映し出さないモニターを見上げ立ち尽くす。

「…な、何を……何をする気なんだ、父さん…」

ピーンッ…ピーンッ…

唐突なレーダーの探知音に、サニはレーダー盤に視線を戻す。

「レーダーに感あり!正面、波動収束反応!」

<アマテラス>ブリッジの正面モニターの空間が波打ち、その場が次第に長細い、何かの物体の形を生み出していく。

「波動収束をオートフォーカス!モニターに拡大投影!」

「了解!…投影します!」

波動収束フィールドの局所収束機能により、その物の形がより鮮明に浮かび上がってくる。

「な…何!?」「これって!?」「…!」

インナーノーツとIMC の一同皆が息を飲む。

鈍く光る白銀の翼、薄青白い光を纏うその身体…

「まさか…<アマテラス>…なのか?…」

ティムは口を戦慄かせてその場の一同の推測をこぼした。

「いや、違う。」藤川にはそのものの正体がわかっていた。その隣で、東もまた生硬くモニターの光景を見守る。

「…PSI クラフトプロトタイプ…」

次第にその身体の中央部に刻まれた文字が見えてくる。

…S・E・O・R・I・T・S・U…

「<セオリツ>」

大祓戸神の一柱である、禍事・罪・穢れを洗い流す女神の名を戴くその船の全容が姿を現した。

流線形を描くその船体は、<アマテラス>によく似ている。波動収束フィールドのスケール設定により、巨大に映ってはいるが、船体自体は、<アマテラス>に比べ小型である。

だが、<セオリツ>後部に搭載された1基の球体機関部は、<アマテラス>の2基の機関に比べ、船体に占める比率は大きい。機関部及びPSIバリアジェネレーターは、<アマテラス>建造にあたり小型化、高出力化が実現された事を物語っている。

船体前部には、<アマテラス>のPSI波動砲に当たる部位に、「PSIブラスター」が一門搭載されている。<アマテラス>の6門のブラスターと同等のものであろう。そのブラスター周りは、制御装置と思われる機材が一部、船体からはみ出して取り付けられている。外観から船内も機材で埋め尽くされていることは容易に想像でき、人が乗れるとしてもおそらく乗員は一人…。

波動フィールド内には、<セオリツ>と共に、その実験施設らしき場所が次第にハッキリと再現されつつある。

そこは<アマテラス>をインナースペースへと送り込む次元ゲート「エントリーポート」に良く似た球形のドームのようなエリア。

目覚めの躍動に身を震わせる<セオリツ>に、直哉は今まさに乗り込もうとしていた。

「副所長からです!サンプル解析、完了しました!警察庁へデータ送信中とのことです。」

スクリーンに映し出される光景に釘付けになった一同をアイリーンの声が引き戻す。

「わかった。」東は、もう一度<アマテラス>のブリッジが映し出されている通信ウィンドウの映像を一瞥する。中腰で<セオリツ>の映し出される、ブリッジのモニターに食い入る直人の顔は、能面のように白く固まっている。

「所長…データは回収できました。…それに先程から時空間変動率が徐々に上昇しているのも気になります。ここでミッションを終了しましょう。」

東は藤川を凝視する。

「……。」藤川は軽く目を閉じる。確かにこれ以上、ミッションを続けさせる必要はない。また、この先にある危険も…だが…。

「所長のお気持ちはわかります。ですが、彼らに余計なリスクを負わせるわけには…「風間さん」の記憶も時間をかければ、記録映像として再構築もできましょう。こんな形で無くても直人に伝える機会はいくらでも。」

東の具申はもっともだ。その事は藤川自身もわかっている。

「…わかった…君の言うとおりだな。」

「それでは…」「うむ、撤収しよう…。」

東は、頷いて応える。

「インナーノーツ、現時点でミッションを終了する!時空間が不安定になりつつある。速やかに帰投せよ!」

「了解しました。直ちに帰還します。誘導管制お願いします!」

カミラは即座に返答する。

「誘導ビーコンセット!帰還経路特定、時空間転移コードを送ります。」ナビゲーター田中は、規定のプロセスにのっとり、誘導管制をスタートする。

「真世、帰還の時空間転移に入る瞬間が一番危険だ。しっかりモニター監視して、異常があればすぐに教えてくれ。」「は、はい。」

東は<アマテラス>帰還のプロセスを着々と進める。

にわかに慌しく動き出したIMCの中で藤川は一人、IMCメインパネルに映し出された<セオリツ>を見上げる。

…すまん、直哉…

モニターに映し出される<セオリツ>は、下腹部の操縦席が取り付けられているハッチを口のように開き、自らの腹のなかへと直哉を誘おうとしている…あたかも、直哉の無意識とリンクしている<アマテラス>をも吞み込もうとするかのように…。

その姿はまるで捕食の体勢に入った鯨のようである。

「ナオ、おいナオ!」ティムは、隣の席で中腰のまま呆然としている直人に強い口調で呼びかける。

「もう帰るぞ!ナオ!」

ティムの声は、直人の耳には届かないのか、まるで意に介さない。

「…だめ…だめだよ、父さん…だめだよ…」

直人の打ち震える薄紫の唇から、言葉が漏れている。

「いいから座れって!」時空間転移に備えシートに座らせようと、ティムは直人の肩口に手をかけるが、直人は動じない。

その目は、次第に近づいてくる<セオリツ>のハッチ先端に据えられた操縦席を凝視していた。所狭しと並んだモニター、計器類が薄緑色に仄かに発光している。

……直人…俺が必ず……

「だめだ…だめだよ!…行っちゃダメだ!!…父さん!!!」

直人の絶叫がインナースペースに響き渡る。

それに呼応するように、<セオリツ>の操縦席のコンソールパネル類に次々と火が灯っていくと同時に操縦席が上方の<セオリツ>の船内へと包み込まれていく。

…今度は何だ!?…

<アマテラス>を追跡する玄蕃は自身の霊体が何かに呼応するように畝る。

…ぬぅう!!…

一瞬でも気を抜けば、その力に玄蕃の霊体も「玄蕃」としての個を保てなくなるであろう。玄蕃は、精神を集中させ、自身の身体の隅々まで意識を張り巡らせた。

「バイタル反応、サンプリングエラーが…異常値多発してます!」真世は突然暴れだした擬似バイタルグラフの反応に、焦りを滲ませながら声を上げる。

「直哉と<セオリツ>とのPSI-Linkか…」藤川は咄嗟に状況を推測する。直哉の生体記憶サンプリング装置が、直哉が<セオリツ>とのPSI-Link接続を開始した際、直哉と船間のPSIパルス干渉により一時的に記録障害が起こったようだ。(これと同様のクルーと船間のPSIパルス干渉は、<アマテラス>でも確認されている現象で、これによってインナーノーツが意識障害を引き起こさないよう、ハーモナイズ調整が細やかに行われている)

バイタルの異常値は一時的なものであろう…だが、この時空間全体を揺るがす変動は、はたして直哉と<セオリツ>の同調によるものだけであろうか…。

「何をしている!空間変動に巻き込まれるぞ!直ちに時空間転移だ!」東の声にも焦りが見える。

「どうした、アラン?まだなの!?」

アランは先程から受信した帰還座標へ時空間転移の設定を試みていたが、何度やっても座標コードエラーが発生していた。

「ダメだ!何故か、何度トライしても座標コードが不正になってしまう。」そう言いながらも、アランは再トライを繰り返し、その度に表示されるエラーメッセージに眉をひそめる。

「なら通常航行でこの場から離れる!進路反転、急速離脱!」

「ヨーソロー!」ティムは操縦桿を握り直し面舵に目一杯切る。ところが、<アマテラス>の針路は変わることがない。

「ティム!?」「くっ…!どうなってやがる!?」

機関の出力を増幅しようにも、機関は低いうなり声をあげ続けるだけで、一向に出力が上がらない。

「何なんだ!いったい!」ティムが声を荒げた。

「また自動航法システムなの!?」「いや…ちがう…」PSI-Linkシステムの異常を洗い直していたアランが答える。

「PSI-Linkシステム自体の挙動がおかしい…俺たちではなく、他の何かに反応している?」

「…一体、何に…」

アランは自問するように呟きながら、PSI-Linkシステムのデータログに目を走らせる。

「…まさか!」

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