16.時空交差点 −1

「どういう…」

「どういう…事…ですか?」

<アマテラス>ブリッジのモニターの発光が直人の顔を青白く浮かび上がらせる。

「…これは…このダミーは…」

モニターを仰ぎ見、釘付けになったまま身体を強張らせる直人。

「センパイ…」「ナオ…」彼の仲間達は、その様子をただ見守るしかできない。

「アラン…もう、いいかしら?」

アランは、自身のコンソールを確認すると、カミラの方へ軽く頷いて見せた。

アランに促され、カミラが口を開く。

「ナオ…」「私から話そう。」

カミラの言葉を制したのは、重く搾り出した藤川の声音だった。

「そう、これは…直人、お前の父…直哉の残した生体記憶だ。」

「!!」藤川の言葉は、落雷となって直人の脳裏を貫いた。

「この辺り一帯も、あの震災の折、液状化で酷くやられました。」樽のように丸く盛り上がった腹を大義そうに抱えたその男は、肉の厚みで、低身長の割には巨体に見えた。

「液状化…ですか。200年近く前の震災を彷彿とさせますねぇ。」上杉は、勧められたコーヒーに軽く口を付ける。

「ええ…。大昔の震災の経験から、その備えこそありましたが…200年も前の話でしょ。」「すっかり忘れ去られていた…という事ですか。」「まぁ…そのおかげでこの会社もあるわけですが…はははは。」その小男は、顎の肉を振るわせる。

新潟市の中心部も20年前の世界同時多発地震の被災地の一つである。かつてJPSIOが置かれた糸魚川付近を震源とした、当時最大級の「フォッサマグナ帯大震災」。

その影響は、この時代、副首都機能を有する日本海側最大規模の新潟市にも波及し、甚大な被害をもたらした。だが、その後間も無く、新潟市は空前の震災復興景気に沸くことになる。

「オモトワ」によって、急成長を遂げたこのヴァーチャルネットサービス運営会社も、その復興景気の恩恵に預かり、一ベンチャー企業としてスタートした会社である。

上杉と葛城は、IN-PSIDを発つと、その足で新潟にあるこの会社へとやって来ていた。日本海側の交通の便も発達し、この時代のPSI時空間テクノロジーの主要産物の一つ、「エア・ハイウェイ」(高度1000m~3000mの空域に時空間コントロールによって張り巡らされた車両用道路)経由で、IN-PSID からは1時間足らずの移動であった。

「早速ですが…。」葛城が切り出す。

「お宅の会社が運営する「想いは永遠に」。通称「オモトワ」ですが、ここ最近、ヴァーチャルネット上で「オモトワ」利用者が突然失踪するという…いわゆる「神隠し」の噂があるのはご存知ですよね?」葛城は臆面無くこの会社の総務部長と名乗ったその小男に迫る。

建屋の規模の割に従業員はほとんど目に付かない。オートメーション化、AI化が行き届いているのが見た目にもよくわかる。この男も部長とはいえ、部下は片手で数える程度だろう。

「ええ、ですがただの噂ですよ。まぁこちらとしては、あの噂が出始めてから、逆に利用者が増えてますんでね。ははは。」「増えている?」「怖いものみたさ、というヤツでしょう。」怪訝そうな葛城に上杉は平然と言い放った。

「おっと、けしてステマではありませんよ。そんな事をしなくても、「オモトワ」人気は不動の地位を築いてますからね。…で、刑事さん。」小男は腰掛けたソファーから身を乗り出すと、目を細めて刑事二人を見据えた。

「その噂が何か?言っておきますが、我が社のシステムは、きちんと国の認可を受け、毎年、PSI利用推進委員会の監査も受けております。過去に色々ありましたからね。今はなんの落ち度も無いと自負しておりますが?」男の蛇のような目付きに葛城は嫌悪感を覚えずにはいられない。

「存じております。…ここ最近、警察に寄せられる捜索願いが急激に増加しました。我々も失踪者の行方に関して、なかなか手掛かりを得られない中、ネットの噂を見つけ、噂の出始めた時期と届けの急増した時期がちょうど重なっていたものですから…。何かお心当たりが無いかと思いまして。」

上杉は静かな笑みを浮かべる。小男は、踏ん反り返るようにソファーへ体を沈み込ませた。

「全くありませんな。何か異常があれば、24時間態勢で監視しているAIから報告が上がるはずですが、何もありません。それとも…」

「その「連続失踪事件」に我々の「オモトワ」が絡んでいるとでも?」「…」上杉は、僅かの間、沈黙を湛え、小男を見据えた。

「…これは失礼しました。我々はただ失踪者の行方に関して、少しでも手掛かりが欲しいだけでして。…念のため、利用者の履歴を確認させてもらえますか?」

「構いませんが…膨大なデータ量ですよ。管理の方に連絡しておきますので、帰り際にでもお立ち寄りください。」臆する事もなく小男は答えた。

「わかりました。助かります。」

小男は、手のひらに通信端末を起動させると、手短に管理部門へ要求を伝え、通信を切る。

「ですが、お役に立つかはわかりませんよ。それに、その失踪者の利用履歴があったとしても、「オモトワ」が失踪に関与した証拠にはならないでしょ?」

「おっしゃるとおりです。」

「…他には何か?」

「いえ、こちらこそお忙しいところ、お時間をとらせてしまいました。」

そういうと上杉は、おもむろに立ち上がる。

葛城もそれに倣った。

「おや?こちらは?」その男の部屋に置かれた写真立てがいくつか、上杉の目に留まる。

「ご祈祷ですか?」「え…ええ、まあ。」

「オモトワで今、震災20周年キャンペーンというのをやってまして。」

「ええ、存じてます。」

「それに先立って、被災して亡くなられた皆様の御供養をという事で、株主の皆様や支援者の皆様にも集まって頂きましてね…。」

「なるほど。」

「プリントした写真とは、今時珍しいですね。そういえば、廊下にもちらほら。」葛城は何気無く口にする。

「社長の趣味ですよ。最近凝っているみたいで。」

「なんでも紙面に焼き付けた写真には、撮影して切り取った一瞬の念が宿るのだとか。「オモトワ」では、それこそ想えばその瞬間をヴァーチャルに体験出来てしまいます。社長のようなヴァーチャルビジネスの申し子のような人には、こういったものには特別な思い入れがあるのでしょうね。」そんなものかと上杉を伺い見る葛城。上杉の口元は、ただ静かに微笑を浮かべていた。

「と…父さんの…って…」

<アマテラス>ブリッジのモニターには父が見聞きした光景が目まぐるしく移り変わり、その心情の断片が、呻くような声音となってブリッジ内で次々と再生されている。

「隊長…隊長も知ってて…?」「ナオ…。」

カミラは閉口したまま、震える直人の背から逃げるように視線を落とす。

ー1時間ほど前ー

帰りかけていたところを呼び止められた風間勇人は、もう一度、客席に腰を落ち着け、新たにその場に加わった、東、カミラ、アラン、アルベルトへの藤川のミッション概要説明を聞き流していた。

そこに貴美子が淹れ直した紅茶を運んで来たので、砂糖とミルクをたっぷりと足すと、一口流し込んだ。最初の紅茶に比べ、その苦味の角がミルクの皮膜の中なら舌を刺激する。

「!」勇人は満足気に貴美子に笑顔を送った。貴美子は、ほっと胸をなでおろす。どおやら彼女の試みは成功だったようだ。

「…さて、本題はここからだ。風間も聴いてくれ。」「ん…?ああ。」風間は、藤川のもったいつけた言い回しを怪訝そうに伺いながら、紅茶のカップを置く。

 

「そのダミーアバターなのだが…20年前、あの震災の中亡くなった、あるJEPSIOの職員の生体記憶データを基にしている…。」

藤川は、息を押し込めて言葉を区切った。

「…風間直哉。「サイクラフト」を開発した直人の父の記憶だ。」

「!!」息を飲む一同。その中にあって風間の瞳だけは静かに藤川を見据えていた。

「ふん…そういうことか。なるほど、これで話は見えた。それで、俺を呼び止めたのか。」

「他に手立てが無かった…。」

貴美子は、二人の間の空気が再び張り詰め始めているのを肌で感じていた。

「…所長、その生体記憶というのは?」カミラの問いがしばしの沈黙を破った。

「サイクラフトの開発にあたり、その中核をなすPSI-Linkシステムと心身との相互作用を検証する為に、直哉が自ら被験者となって、自身の身体や精神活動をヴァーチャルスペースサーバーに記録していたものだ。開発後期から亡くなる直前までの約2年程の記録で、そのデータは<アマテラス>や関連設備の開発にも大いに役立った。」

「アレがなかったら、未だに<アマテラス>は完成していなかったかもしれんな。」「ええ。」

アルベルトの補足に東も同意する。

「ナオの父親の記憶…。」カミラは、にわかに信じがたい話に呆然と呟いていた。

「説明をせずにミッションに向かわせたのは、私の意向だ。隊長を責めないでくれ。」

肩を震わせる直人に藤川は語りかける。

「父の記憶と知って、お前が必要以上に意識してしまうと、只でさえ微弱な生体記憶のPSIパルスと<アマテラス>とのPSI-Link同調確立に支障が出る可能性があったのでな。同調が安定するまで伏せていた。」

藤川の説明に直人は声も出ない。

「…それに、お前には先入観を抜きにして、ありのままを見てもらいたかった。」

「お前の父が、願ったように…。」

「父さんが…。」その言葉に直人は顔を上げた。

「案の定…ですね。」地下駐車場に停めていた車のドアを閉めるなり葛城は口惜しげに声を漏らす。

管理部門で利用者履歴を確認することはできた。

失踪者のうち何人かの利用者履歴を確認したが、その情報は登録がないか、登録があっても最終利用履歴が3週間以上前(捜索願いの増加した時期より古い)のものばかりであった。つまり、失踪に直接結びつくような履歴は残っていなかったのである。

「やはり決定的な証拠が無いと…。」葛城は車のオートパイロットの設定を操作しながら口を噛む。

「ええ、ですが収穫が無かったわけではありませんよ。」「えっ?」

助手席に深々と腰掛けた上杉は、シートベルトの締まりを確認しながら、葛城に冷徹な笑みを浮かべる。

「あの写真…何人か政財界に顔の効く大物が混じってました。」

「ええ、それは何となくわかりましたが…」

「あのメンバーを見て気づきませんでしたか?…皇国復古会議…それにヤオロズ神の国連合…その幹部クラスの顔がチラホラと…」

葛城は、オートパイロットを操作する手を止め顔を上げた。

「政界党派の垣根を超えた大物政治家も集まり、宗教界とも繋がりを持つという…現政権の舵取りにも団体の意向が大きく影響を与えているといわれてますね。そんな連中が、あの「オモトワ」を?」

「今回の失踪事件との繋がりは明言できませんがね…。」

「いずれにせよ、この会社、バックには巨大な組織力が…。しかしなんで「オモトワ」なんかを?」

「IN-PSIDで見つかったあのサブリミナル的な信号…サブリミナルの目的は、端的に言えば洗脳です。」

「!…まさか「オモトワ」を使ったマインドコントロールを!?」

「オモトワの技術を鑑みれば、可能性は十分ありますね。」

「し…しかし、失踪の方は?」

「そう…それ。あの部長「連続失踪事件」と断定していました。話の脈絡からそう言ったにしても、妙に引っかかる言い回しです。まるで一連の失踪には関連性があると認めているように、僕には聴こえました。」

「くっそ、あのデブ野郎…」

「…それに…」その時上杉は、サイドミラーに、駐車場の陰からこちらを伺う人影が一瞬映り込んだのを見逃さなかった。

こちらが勘付いたことに気づいたのか、その気配は駐車場の陰に紛れ姿を消した。警察の動きも、やはり何者かに監視されているらしい。

「どうかしましたか?」

「いえ、とにかくこの会社と政財界のつながりも洗ってみましょう。」

「了解っす。」

葛城は、オートパイロットの設定を素早く終えると、軽くアクセルを踏み込む。それをトリガーにオートパイロットが静かに車を動かし始めた。

 

「ありのままを…直人に、か…」

ティースプーンを掻き回し、カップの湖面に出来た渦を眺めながら、風間は口を開いた。

「そうだ…。直哉は最期に、時が来たらこの記憶データを直人に全て開示してほしいと言い残していった。その時が来たのだと私は思う…。」

風間を正面に見据えながら語る藤川の言葉。

相変わらず回りくどい言い回しだと、風間は苦笑いを口元に浮かべながら、紅茶を一口啜り、カップを置くと顔を上げた。

「直哉の…息子への『遺言』か…。」

「うむ…。」

 

「…。」風間は腕を組むと、静かに目を瞑る。

「あの、所長…大丈夫でしょうか?」再びカミラが問いかける。

「父親の記憶とあっては、ナオも冷静にはミッションに臨めないでしょう。それにここ最近、彼はどうも非常にナーバスになっています。」

カミラは切々と続けた。

「下手をすれば、クルー全員を危険に晒す事になりかねません。今回は調査だけですし、事情を伝えて船を降りてもらった方が…。ミッションを見ているのは、IMCでも出来ますし…。」

「…アル、どう思う?」

「ふぅむ…。」アルベルトは腰掛けた椅子に深く座り直すと腕を組み、思考を巡らせる。

「…PSIバリアのセッティングを変更すれば、まあ出来なくはない。だが…」

インナースペース内で<アマテラス>の船体時空間を保持しているPSIバリアは、インナーノーツ5人の時空間観測の相互認識情報をPSI-Linkシステムに絶えずフィードバックする事で安定を図っている。

「5人で支えるPSIバリアを残りの4人で支えるわけだ。それだけシステムにも、お前さんたちにも負荷がかかる。当然、活動可能時間、潜行可能領域も制限されるが。」「止むを得ません。そこは我々だけで何とか…。」

藤川は、アルベルトとカミラのやりとりを無言で見守っている。

「だがな…カミラ。やはり直人は連れて行ってやった方がいいと思うぞ…お前もそういう考えだろ?コーゾー。」「えっ…?」

カミラとアランは、押し黙ったままの藤川に視線を戻した。風間、東、貴美子も藤川の言葉を待つ。

「…IMCのモニター越しでは、直哉の想いの全てを直人が受け取る事は出来ないだろう。」藤川は静かに口を開いた。

「危険は承知だが、アルの言うとおり、私も直人にはミッションに加わってもらいたいと思っている。いや…行かせてやらねばならんのだ。」

藤川は顔を上げる。一同の視線が藤川に注がれる。

「あいつの無意識がそれを望んでいるのだから…。」

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