15.面影 −2

「原因は?」「わかりません!」

「くっ!」東は眉をしかめ、卓状モニターを覗き込む。

「待て、片山、何かわかるか?」藤川は、卓状モニターに食ってかかりそうな東の肩を押さえると、片山の通信ウィンドウを呼び出す。「システム側からの無意識へのスキャミングが始まったようです。…大丈夫、これは検証済みです。そのまま進んでください。」

「えっ…」表情一つ変えない片山の返答に、キョトンとしている東。「チーフ!」その東にカミラは指示を求めて来る。

「大丈夫なようだ。そのまま船を時空間変動に預けてみてくれ。」東に変わって藤川が指示を下す。

「わ…わかりました…。」不安は残るが今は藤川の判断を信じ、進むしかない。

「アラン、時空間変動にPSIバリアパラメーターを同期させて頂戴。」「よし。」

「直人、何に出くわすかわからない。各装備、及びシールド準備!」「了解!…PSI-Linkシステム、コンタクト開始!」

直人はPSI-Linkモジュールにそっと手を重ねると、意識集中に入っていく。

「田中、<アマテラス>の航跡をトレース。見失うな。」「は…はい!」東が藤川の指示に従い指示を飛ばす声が、<アマテラス>ブリッジにも届く。

「PSI バリア偏向、同期開始した!間も無く時空間転移に入るぞ。」「よし、総員第1種警戒態勢のまま、時空間転移に備え!錨、揚げ!」

カミラの指示に呼応して、量子アンカーが引き揚げられると、<アマテラス>は海面に漂う木の葉のように時空間震動の波に飲み込まれていく。

「時空間転移に突入!」アランの声と重なるように、モニターに映し出される映像が歪曲の中へと吸い込まれていった。

激しい振動に揉まれる<アマテラス>。インナーノーツ各席のホールドアームが肩に降り乗員を固定する。

「両舷スラスタ同期制御!量子スタビライザー起動!」カミラの発令で、全翼付け根後部からスラスタが解放され、更に全翼の量子スタビライザーが起動すると、両舷に緩衝力場が形成され、次第に船体の揺れは制御されていく。

「!」「…この感じ…」直人とサニは、昨日、「オモトワ」で感じた感触を空間から感じ取って同時に顔を上げる。直人の記憶を遡り、直人の無意識に眠る記憶を走馬燈のように蘇らせた、あの時の感触だ。

サニの視線を後ろに感じながら、直人は手を乗せているPSI-Linkシステムモジュールから次第に伝わってくる熱を感じとっていた。

モニターには、昨日、オモトワで体験したような確かな心象風景は現れてこない。データ化された無意識の「記憶」の合成…いわゆる「残留思念」のようなものなのだろう…それが色採りどりに発光したり、なにかの像を結びそうになれば、また別のものへと変化していく。

だが、直人に伝わってくる、得体の知れないその「残留思念」は、確かな情動を持って息づいていた。

…なんだ…これ……

思わず目の奥から熱いものが込み上げてくる…昨日のあの走馬燈のように…

…似ている…

…!…いや、違う?

…同じ……同じなんだ…なぜ?…

…まさか…

直人はその予感に目を見開いた時。

「時空間再収束!転移明け座標特定!出るぞ!」アランの声と同時に、視界が開けた。

「あっ!?」「こ…ここは!」

サニと直人の口から驚愕の声が漏れる。

大量の水で溢れかえる広々とした空間。

まるで巨大なプールだ。

非常灯らしき赤々とした照明が息絶え絶えにその空間を暗闇の中に仄かに照らし出し、赤黒く照り返る水面は、地底から溢れ出す大量の血液のようにも見える。

水面には打ち破られ、瓦礫と化した水槽が、いくつも浮かんでおり、その中央にはあの、ひしゃげた「浄水タンク」が見えた。

そう…ここは「オモトワ」で見た直人の記憶の世界そのものだった。

ゴゴ…ゴゴゴゴ…

不気味な唸り声とともに空間の振動が<アマテラス>のブリッジにも伝わってくる。その度に水面は踊るように波を立てる。

「なんだ…ここは?」ティムは呆然とその不気味な光景に見入る他なかった。直人は口を戦慄かせている。

その光景はIMCの壁面大型モニターと卓状モニターにも<アマテラス>から送られてきていた。固唾を飲み、その光景を見守るIMCの一同。

身動ぎ一つなくモニターを見つめる藤川。

「おじいちゃん…。」その強張る横顔を覗き見た真世は、全身に鳥肌が立っていく感覚を覚える。それ以上、祖父に声をかけてはいけない…そんな思いに駆られていた。

「!サニ、10時方向、拡大投影!」何かに気付いたカミラが突然、指示を下す。

「えっ、あ、はい!拡大します!」

サニがカミラに言われるまま、映像を拡大すると、壁面に設置されたキャットウォークの上を動く人のような影が見える。

「人だ!」ティムは思わず声をあげた。

武骨な防護服のようなものを着用している人影が三つ。一人は負傷したのか、血まみれの左脚を引きずり、長身の一人に肩を借りている。もう一人は、何かを背負っているように見える。

キャットウォークの高さまで水面が押し寄せ、空間が揺れるたびにその波飛沫が彼らの足元を洗う。

空間震動は、次第に勢いを増していた。

キャットウォークは打ち震え、天井らしき上方から、パイプ状の部材や留め具などが落下し、水面に飲まれていく。

彼らはその震動に抗いながら、ゆっくりとこちらへと向かっている。

その時、<アマテラス>の自動航法システムに進路が突然設定されると、その進路に沿って操縦系統が意思を持ったかのように突然、動き出す。

「な…何だ!?」自分の意に反して動き始めた船の制御を取り戻そうとティムはとっさに操縦桿を押さえ込む。

「PSI-Link 同調率72%、運行システムにPSI パルス干渉反応!」

「無意識を従わせる強い意志…いいわ、ティム、船を預けて。様子を見る。」「りょ…了解…」

ティムが操縦桿を手放すと、船は勢い良く滑り出す。まるで矢も盾もたまらず駆け出すかのように…

みるみるうちに、3つの人影がモニターへと接近してくる。十分に接近すると船は停止する。

3つの防護服のスモークがかったヘルメットバイザーの中に朧げに顔が覗いた瞬間、インナーノーツらは息を飲みこんだ。

「しょ…所長!?」サニは目を見開いてその人影に食い入る。

「こっちは…おやっさん!?それに…まさか、チーフ!?」ティムも声をあげていた。

不鮮明な映像と3人のバイザーがその顔を曖昧にさせていたが、3人ともよく見知った顔だった。

PSI モジュールに乗せた直人の手が震えている。

…間違いない…この場所で…所長達が居て…

…それなら…この記憶は…

アルベルトらしき人影が背負っていたものをこちらへと見せてくる。

物ではない…人、子どもだ!

「!!」直人とサニにはその子どもが誰なのか、直ぐにわかった。

「お…俺…なのか…」

激しい動揺と熱い血流のようなエネルギーの塊がPSI-Link モジュールをとおして直人の身体へと流れ込んでくる。直人がそれを自覚した瞬間、激しい震動と共に、空間が再び歪曲しだす。

ガララ…ドアの開く音に短髪の女性看護師は顔を向けた。

「神取先生…。」看護師は、部屋へと入ってくる神取を認めると、申し訳無さそうな表情を浮かべた。

「担当の先生も今、病院棟の方へ行ってしまってて…すみません。」

「いえ、様子はいかがですか?」神取は目を細めて微笑を浮かべる。

「さっきお伝えした通りです。いつもなら、この時間帯は何とか起きて、朝食も食べられるようになっていたのですが…何度呼びかけても起きないんです…。」

熱を失った朝食が、運ばれてきた状態のまま、ベッドテーブルに置き去りにされている。

亜夢の起床時間は8時から9時頃。療養棟の他の入居者の決められた起床時間から1、2時間遅れであるが、長年の昏睡状況からようやく回復したばかりであり、今は亜夢の起床サイクルに合わせながら、ゆっくりとリハビリさせる方針であった。最近は起床時間も少しずつ早まり、療養棟のタイムスケジュールに徐々に合わせていく事も検討され始めていた。

配膳は、通常、看護アンドロイドが定時間で各部屋を巡回するが、起床、食事時間が不規則な亜夢に関しては、担当看護師が様子を見つつ配膳も行なっている。

看護師は、30分前ほどに一度、食事を運びに亜夢の部屋に訪れていた。その時、彼女はまだ起きていなかったが、じきに目を覚ますだろうと、食事を置いて部屋を去り、今は食器の片付けにきたところだった。

だが、食事にはまるで手をつけず、30分前と変わらず細い寝息を立てているばかり。何度か起こそうと試みたが、眠りは深く、目を覚ます気配すらない…

他の患者であれば、そのままにもしたかもしれないが、亜夢はいつまた昏睡に戻ってしまうかもしれない。

「亜夢さん、亜夢さん!」

神取は、亜夢の頰を軽く叩くなどして、呼びかけるが、まるで反応がない。脈を取り、呼吸を確認する。肉体の異常は特にないようだ。

「…先生…」「…オーラスキャナーを。」

「は、はい。」看護師からスキャナーを借りると、亜夢の身体の上空を静かに滑らせていく。

…この意識の落ち方…もしや、神子か?…

亜夢のPSI パルスをチェックしつつ、神取は精神を研ぎ澄ませ、亜夢の無意識に自分の意識を重ねようと試みる。

看護師に悟られぬように軽く目を伏せ、再び開く。そこには、この世と重なる霊界…異世界が彼の次元を超えた視界に飛び込んで来る。

不意に看護師が左手を拡げ、自身の電話を受ける。

「わかりました。…ええ、すぐ行きます。」

電話を切ると看護師は、他の部屋を巡回している別の看護師のヘルプに呼ばれたことを告げた。「すみません、先生…。」「構いませんよ。こちらは私が診てましょう。」

「お願いします。」看護師は、亜夢を神取に託すと足早に部屋を後にした。

神取は、再度、呼吸を整え直し、霊視を深めていく。

亜夢に重なるようにして、「そこに居る」存在。それを感じ取った神取は、その存在にフォーカスを合わせるように、意識をコントロールしていく。

亜夢に良く似た、もう一人の少女の姿が、神取の視界に浮かんでくる。

…神子…

静かな湖畔の水面のように見開かれた霊体のその瞳。瞬きもなく天井を見上げている。否、彼女は天井を見つめているのではない…この世界とは別の次元の先、その何かを見つめていることを神取は直感する。

…何を見ている?…

神取は目を閉じ、彼女の見つめる次元へのアクセスを試みた。

朧げに浮かんでくる、扁平な白い塊…

段々とその塊は、形を結んでいく…

機械?…翼のようなものが見える…航空機?

“A・M・A・T・E・R・A・S”

神取の視界に白い機影の側面に刻まれた船名が飛び込んでくる。

そのまま彼女の意識の先を追う神取は、やがてそのものの中に引き込まれるような感覚を覚える。

…もしや、異界船!?…

だがそこで、神取の意識は巨大な障壁のような感触に遮られた。

…くっ、結界か!?だが、神子は奴の中まで?…どうやって!?…

神取はおもむろに立ち上がると、部屋を見回す。その部屋の影溜まりに目を留め、念を送る。

…玄蕃!!…玄蕃はいるか!?…

ゴオオオオオオオ!!

暗闇に包まれた細長い空間を滝の如く滔々と流れ落ちる水流。IN-PSID中枢区画の六角推台、及び六角柱状建造物の各辺には、PSI精製水の給排水管が通っており、各フロアのPSI設備への精製水供給と回収を行い、またそれ自体がIN-PSIDの結界システムの一端として機能している。

「異界船」を制御しているであろう区画は、多重結界区画であり、外部からの霊的侵入を拒んでいた。この精製水の給排水路のみが、結界内への唯一の侵入可能路であることを突き止めた玄蕃は、霊体感知されにくい排水側からの侵入を試みていた。

しかし、その水には様々な使用済み現象化情報の断片が未処理のまま刻まれ、その力場に捕まるものなら、玄蕃自身の霊体を損ない兼ねない危険な水流である。配管の壁面にへばりつく影は水流の動きを見極めながらゆっくりと上を目指す。彼の目指す先は深い闇に覆われている。

見上げる影の下スレスレを強い引力を伴った水塊が落ちてゆく。

…ぬぅおおっ!!…

その引力に捕まり、滑り落ちそうになるが、玄蕃はすんでのところで、踏みとどまった。

…ば!…玄蕃!…

…っ?…かろうじて玄蕃はその呼び声を聞き留めた。

…お頭…?

…玄蕃、戻れ。…

…何事?…

…異界船を捉えた…

…ま、まさか!?…

…詳しい話は後だ、まずは戻れ!…

…しょ、承知!…

歪曲した空間を映し出すモニターは、目まぐるしく映像が入れ替わる。

時空間の狭間を<アマテラス>は導かれるまま進む。

集中治療室らしい一室。

保護カプセルに収容された小さな肢体が見える。目立った外傷は無い。だが、その微弱な脈動を生命維持装置がかろうじて支えている。

…急性PSI 中毒症…2日持つかもたないか…

…そんな!助ける方法は無いのですか!?…

音声変換された会話が<アマテラス>のブリッジ内に響く。

…地震の被害も甚大だ…PSI 医療器機も使えない状況では…

映像は途切れ途切れに切り替わる。

…うっ…うっ…あなた…ごめんなさい…わたしが目を離さないでいたら…うぅ…う…

…ふぇぇぇん…ふぇぇぇん……ふぇぇぇん…

…うっうっうぅぅ…

泣きじゃくる赤ん坊の声と悲痛な嗚咽が入り混じる。

病院の待合室のような場所だ。大勢の人でごった返している。皆、怪我を負っているようだ。

…きみのせいじゃない…俺が…俺が…すぐに迎えに出ていれば…

悲痛な心の叫びが響いてくる。

…何か…何か手はないのか!…何か!!…

…なお…もう一度、目を覚ましてくれ!…

…なお!…直人!!…

ブリッジを貫くその叫びに、直人は目を見開き、顔を上げた。

ブリッジの一同の視線が直人に注がれる。

「と…父さん…」震える直人の唇が、いびつな言霊を形作っていた…。

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