15.面影 −1

自動ドアの開く音にIMCに詰めた5人の視線が集まる。

「サニ、直人!どうした、遅…」エレベータから出てきたサニと直人に小言を言いかけた東は、その後ろに藤川の姿を認め言葉を打ち切る。

「ご…ご一緒でしたか、所長。」「すまんな、見送りに少々時間をもらってしまった。」

「いえ…。」

「そ~ゆ~ことよ、へヘェ~。」サニがイタズラな上目遣いのニヤケ顔で、東を見上げる。

「…。」東は左眉をピクつかせるとサニから視線を逸らした。

「良かったね。ちょうどいいタイミングでお婆ちゃんが呼んでくれて。『お二人』さん。」

冷ややかな言葉の刃が直人に突き刺さる。

直人がそちらに視線を向けるも、言葉の主は振り返りもしない。

「よっ!」無言で背を向け続ける真世の横に立つティムが、彼女に代わっていつもながらの笑顔で挨拶を二人に送る。何も知らない彼は気楽なものだ。

「…。」シュンとなって俯く直人の隣でサニが呆れたような困惑顔を浮かべている。

「…ん?何かあった??」ティムは、直人と真世の間の空気を感じ取ったのか、二人の顔を見比べながら真世に問いかける。真世は表情一つ変えない。

「あっ、そうだ…ティム!」唐突に、妙に明るい声を張り上げる真世。

「前にさ、使わなくなった小さいテーブルあるって言ってたよね。まだある?」

「んっ?あ…ああ。」「良かったあ。ママの部屋に時々泊まり込むんだけど、テーブルとか欲しくて。良かったら貸してもらえない?」無理やり話題を変える真世を怪訝そうに見つめるティムに真世は早口でまくしたてる。

「い…いいよ。ってか、やるよ。」真世のテンションにやや気圧されながらティムは応えた。

「わー助かる!じゃあさ…」

「…。」ティムと楽しげに会話を弾ませる真世をそれ以上、見ていられない直人。

「あっちゃ~。こりゃ暫く、放っとくっきゃないね。」ニヤけ顔でサニはこの状況を楽しんでいた。

「遅くなりました。」追いかけるように昇ってきたエレベーターからカミラとアランも入室して来る。

「あー!隊長、副長が揃って遅刻ぅ~!?」自分がお咎めなしとなったのをいい事に、普段からカミラに小言を言われているサニは、鬼の首を取ったように、指をさしながらわめき立てた。

「着替えに降りてただけだ。」アランが短く返す。「ダメですよぉ、副長。遅刻は遅刻ぅ…」「いい加減にしろ、サニ。二人は了承済みだ。」東は苛立ちを隠さない厳しい口調でサニを制する。

「で…ですよねぇ~。」一同の冷ややかな視線がサニに注がれる。

「…へへ、へへへへ…」乾いた笑いで誤魔化すサニ。ふと隣を見やると直人も呆れ顔で見つめていた。「エヘヘ。」サニは小さく舌を出し、軽く頭をかいてみせる。

「ではいいか?今回のミッションを説明するぞ。」

東の言葉に、一同がIMC中央の卓状モニターを囲むようにして集まると、東は、モニターを起動させる。サーモグラフィーのように赤から青で彩られたグラフィックがモニター一面に広がった。つい先ほど、副所長の片山が訪ねてきた刑事らに示したものと同じものだ。

「…何っすか、これ?」先の刑事と同じ反応を示すティム。

「最初から順を追って説明する。まず…皆はコレは知っているか?」東は言いながら、モニターの中にウィンドウをひとつ割り込ませる。

「っ!!」直人とサニが、揃って目を丸く見開いたのをティムは見逃さなかった。ウィンドウの中で「オモトワ」のサイトトップページが賑やかな色彩を照らし出していた。

「んっ、どうかしたか?」東の声で、目を丸くしたまま、直人とサニはお互いの視線を交えていた事に気付く。

「まさか、貴方達…」カミラが目を細めて窺い見てくる。

「さっ…さっき来る途中で広告看板見て~何かな?ってセンパイと話ししてたから!奇遇だなって!」

カミラの表情は全く変わらない。だが、この場で追及する事でも無いと判断したのか、無言のままジッとサニを見つめる。

一方で直人は顔をモニターに俯けたまま、もう一つの冷ややかな視線を感じていた。

「…で、で、コレがどうしたんですかぁ?」

サニはカミラの視線から逃げるようにして、東の説明をまくし立てた。東も怪訝そうに二人を一瞥すると、説明に戻る。

「『想いは永遠に』、通称『オモトワ』という、最近、人気のヴァーチャルネットサービスだ。」

東はここ2週間程の間で奇妙な失踪事件が相次ぎ、それにこの「オモトワ」が関連している可能性がある事、そしてその関連性を明らかにしてほしいとの警察から要請を受けての今回のミッションである事を淡々と説明していく。

「なんとか「オモトワ」の動作環境を我々の実験サーバーに構築し、ダミーアバターによるアクセス検証から、利用者にサイト側から何らかのアクションがある事までは突き止めている。」

東は言葉を区切り、説明に展開したいくつかのウィンドウを後退させ、もう一度、最初に見せた画面に戻す。

「それがコレだ。…見てくれ。」東は、その中に浮かんでは消える小さな光点を指し示しながら、そのスナップショットを拡大してみせる。

「解析によると無意識層に浸透するタイプの、一種のPSIパルス信号らしい。我々は何らかのサブリミナル効果をもたらすものと見当をつけている。」

直人は魅入られたようにその光点の明滅を見つめている。

「この光点の正体を明らかにできれば、オモトワと事件の関連性を明らかにできる可能性があるのだが…残念ながら、この信号の現象界への復元は不可能という結論に達した。」

「なーるほど、そこでオレらの出番、って訳ね。」要点を見つけるのに長けたティムには、話の筋が見えたようだ。

「そうだ。君達にはダミーアバターの無意識層に潜航し、この信号の正体を探ってきてもらいたい。」藤川がミッション説明を引き継ぐ。

「すでにダミーアバターの無意識層へのアクセス準備は出来ている。対人ミッションとほぼ同等の活動が出来るよう調整済みだ。真世!」「は、はい!」東の唐突な振りに真世の身体に緊張が走る。

「アバターの精神反応信号を擬似的にバイタル値変換してモニタリングを出来るようにした。アバターに異常があればすぐにわかる。君は、異常を見つけたらすぐに知らせてくれ。」「はい。」

「特に、今回はアバターという特殊な環境だ。仮にアバターの心象世界が消滅した場合、肉体が無い分、最悪<アマテラス>の帰還が即不能になる可能性がある。真世、しっかりモニターを監視し、些細なことでも逐一報告するように。」藤川は、真世の今回の役割の重要性を強調する。「頼むわよ、真世。」カミラも言葉を重ねる。思わぬ重責が肩にのしかかる真世。対人ミッションであれば、貴美子のサポートも期待されたが、今回は調査ミッションのためサポートの予定は無い。

「わ…わかりました。」震える声で返事を返す。「そう心配するな。」藤川は少々、プレッシャーをかけ過ぎた事に気付き、付け加えた。

「私たちもフォローするよ。大丈夫!」アイリーンと田中が優しい笑みを真世に投げかける。「アイリーン、ありがとう。」

「よろしくお願いします。」その場の皆に一礼して仕事を引き受ける真世に一同の暖かい眼差しが集まる。

卓状モニターに通信ウィンドウが立ち上がる。

「所長…こちらのスタンバイ…整いました。」

ウィンドウに現れた片山は、システム側のミッション受け入れ準備が完了したことを告げる。予定時刻どおりだ。

「うむ…。アル。」藤川の声に反応し、新たに通信ウィンドウが立ち上がると<アマテラス>格納庫に繋がる。

アルベルトが即座にウィンドウに現れた。

「そちらは?」「問題ない。『PSI 波動砲』もバッチリ、調整し直したぞ。」

「PSI 波動砲」その言葉に直人は、胸の内が硬直するのを感じていた。

「ありがとう、アル。…直人。」「は…はい。」

「今回、アレを使う事になるかは、今の時点では何とも言えん。だが、その時が来ても決して自分を見失うな。…大丈夫。お前ならやれる。」そう背中を押す眼差しが優しく直人を包む。「はい。」

返事をしてふと顔を上げる直人。真世が心配気にこちらを伺っていた。期せずしてお互い、重責を担う立場…それを引き受ける覚悟を共有したかったのだろうか…その刹那、直人と視線が重なった事に気付いた真世は、ふと目を逸らし、直人もつられるように視線を落とす。

「いいか、とにかく信号の正体さえ捕まえられればそれでいい。深追いはするな。」東は念を押す。特殊な環境下での活動であり、リスクの程度も掴みきれていない。

「わかりました。では参ります。」

「うむ。」東の出動許可を受け、カミラがその場で、「気をつけ」の姿勢をとるとインナーノーツの5人はそれに倣う。

すぐにサニと直人が<アマテラス>直通エレベーターへと駆け出す。ティムとアランもそれに続く。

「カミラ…頼むぞ。」藤川は駆け出そうとしているカミラに、何かを託すように言葉をかけた。藤川の視線に重ねるように東もカミラをジッと見つめる。

カミラの脳裏に、所長室で事前に打ち合わせたミッションプランが蘇った。

カミラは小さく頷くと、すぐに身を翻しエレベーターへ向かう。

閉まり行くエレベーターの扉の向こう側に直人は真世の姿を認める。二人の視線が再び重なりかけたその時、扉は静かに閉まりきった。

「…。」真世は無言でエレベーターを見送る。その肩を優しく包み込む手の感触にハッとなり、真世は顔を上げる。

「…今回は、直人にとっては試練となるやもしれん…。」

「えっ…おじいちゃん…?」不安気な面持ちで振り返る孫娘に、祖父はその肩を二、三度軽く叩く。藤川はジッとエレベーターを見つめたまま、ただ黙していた。

…彩女の思念波が完全に途絶えた…どうやら動き始めたようだ…

再度、医局に現れた玄蕃は、先ほどまでかろうじて捉えていた彩女の思念波が完全に遮断された事で、IN-PSID中枢区画の動きを推察する。

…そうか…準備の方は?…

未だ無人の医局で、神取は表情一つ変えず、応える。

…なかなか手強い…あとはあの区画に流れて込んでいる『霊場水』(PSI精製水)の流れを遡るくらいしか手がないな…

…できるか?…

…やってみるしか…だが危険だ。お頭に何かあってはまずい…我が参ろう…

…無理はするな。其方にはやってもらう事がまだある…

…御意…

玄蕃の気配がその場から速やかに消え去る。

…玄蕃…

神取は身動き一つなく、正面の壁を見つめ続けていた。

「<アマテラス>、発進!!」

カミラの発令で<アマテラス>はトランジッションカタパルトを勢いよく滑り降りて行く。

エントリーポートの次元ゲートを超え、<アマテラス>はインナースペースの最浅領域『現象境界』に出る。

現象界のあらゆる事象は、この領域にその構成情報を持つ。<アマテラス>ブリッジのモニターには、その情報からビジュアル化された映像が映し出される。

晴れ渡った夏の日差しが差し込む穏やかな日本海沖合いの海底映像…尤もこれは、現象界の現時空情報とリンクした、ごく一部に過ぎない。

中央モニターの映像に通信ウィンドウが立ち上がる。

「<アマテラス>。状況は?」画面に現れた東は手短に確認を求める。

「各部問題なし。インナースペース航行モードへ移行しました。時空間転移の誘導を要請します。」カミラも簡潔に応えた。インナーノーツとIMCのスタッフらは、粛々といつもの手順を進める。亜夢のファーストミッションから調査、訓練も含め通算12回目のインナースペースへの突入。そのプロセスに、初期の頃の迷いや戸惑いはもはや無い。だが、先日の訓練で取り乱した直人だけは、全身に緊張を漲らせていた。

「肩の力、抜けよ。」

隣席のティムが穏やかな笑顔を投げかける。

「あの信号のデータ採ってくるだけなら、今回は楽な仕事になりそうだ。気楽にいこうぜ、ナオ。」「あ…あぁ…」

楽観的なティムの言葉を直人はそのまま受け取る事が出来ないまま、船は間もなく時空間転移シーケンスへと移行する。

サニは、直人の背をそっと見つめていた。

…どこかへ行ってしまわんように、しっかり捕まえててくれ。…

直人の祖父の言葉が気にかかる。

「第3PSI バリアへの転移座標パラメータセット確認!転移完了まであと20カウント。」

アランは粛々と時空間転移シーケンスの進捗を報告する。モニターに映し出される海底の映像が歪曲を始める。

「転送明けまであと10!」

「9…8…」

小刻みな振動を繰り返す、緊張に包まれた<アマテラス>ブリッジには、アランのカウントを告げる声のみが響く。

青空、雨雲、太陽、星空、道路、列車…

「オモトワ」に組み込まれた様々なグラフィックパターンとプログラムコードが入り乱れ、モニターに反応している。

直人は小さな胸騒ぎを覚えていた。

「3…2…1!…明けるぞ!」

反応していたグラフィックパターンは消失し、モニターは暗色のモヤを映し出すのみ。

「…現座標確認、及び各部点検急げ。」

カミラの指示に従って、各部の点検報告があがる。

「現座標、指定座標との相対誤差0.4%…空間探知結果、危険領域なし。波動収束フィールドを展開します!」

サニの操作で波動収束フィールドが展開されると四方が闇に包まれた細長い空間がモニターに拡がった。

ボンヤリと灯るオレンジががった灯りが、彼らを導くように闇の奥へと続いている。

モニターの至るところは、暗転していたり、モヤがかったようになっており、ビジュアル構成は安定していない。サニは何度か波動収束フィールドのチューニングを試みるが、一向に改善する兆しはないようだ。

「波動収束フィールド収束率42%…これが限界です。」

「データ化されているダミーアバターの無意識領域だ…リアルな精神活動と同等とはいかないのだろう。」アランは空間解析の結果からこの状況を解釈する。

「いいわ、このまま進む。」カミラはリスクをとって決断を下す。波動収束フィールドの不安定領域は、<アマテラス>と時空間同調を確立できない障害領域でもある。さしずめ暗礁の広がる海域を航行するようなものである。

「ティム、IMCからのマッピングデータとリンクして、光点観測領域へ進路をとる。」

「りょーかい。IMC!」

IMC 内にティムからの通信音声が響く。

「視界が悪い。目標座標域への航路管制を頼む。」「領域した。ナビゲートする。」

IMC管制オペレーターの田中は、ティムとやりとりをしながら、コースプランをいくつか提示する。ティムは、サニと連携して、それらのコース案から、波動収束フィールド内の観測結果を考慮に入れてコース選択、修正を加えながら船を進め始めた。

IMC にも<アマテラス>の波動収束フィールド内にかろうじて構成された心象映像が送られてくる。

「…やはり…この場所か…」「うむ…。」東の呟きに、藤川は杖に置いた左手を硬く握り締めていた。

「…脈拍、血流値上昇しています。」真世の監視するモニターに変化が現れ始めていた。

「危険な状況か?」「い…いえ、正常範囲内です。で…でも…。」モニターからはそれ以上の事は読み取れない。東の問いに、真世はそれ以上答えられなかった。「わかった。そのまま監視を続けてくれ。」「はい。」

「焦り…か。」藤川の発した言葉に東は小さく頷く。

「左舷前方、…その先、座標2-0-1-0一帯に暗礁!」「おーもかーじ!微速前進0.4!」

暗闇に包まれたその通路状の空間。暗礁領域を回避しつつ船は進む。

…探している…何を?…

モニターの先に広がる闇を見つめ続けていた直人には、なぜか空間の中にざわめく感覚がそのように感じられた。

「…で、隊長。」舵を巧みに操りながら、ティムが声をあげた。

「このダミーアバター、一体、何なんすか?俺らには、詳しい説明無しでしたが…隊長は何か聴いてるんじゃ?」

カミラはハッとなってアランの方へ視線を送る。アランもカミラの方を振り返りながら、無言で視線を返してきた。

「…昨日からの調査で、「オモトワ」が20年前の世界震災の被災記憶を持つ利用者に対して、利用中に何らかの干渉をしている事がわかったそうよ。」

カミラは静かに口を開いた。

「そこで、被災記憶のあるPSIシンドローム患者の治療過程でIN-PSIDが得た心理情報を集め、合成してこのダミーアバターとしたらしいわ。」

「へぇ~合成…ねぇ…」どこか取ってつけたような説明だと、ティムが思ったその時…

ヴィーン・ヴィーン・ヴィーン

警告音がブリッジを包み込むと同時に、<アマテラス>は激しい震動に包まれる。

「空間震動!?」アランは即座に解析にかかる。

「波動収束フィールドに感!収束、安定を維持できません!」サニが声を張り上げる。

「ティム!下手に動くと危険だわ!ひとまず停船よ!」「了解!停船します!…量子アンカー投下!」

<アマテラス>の2枚の前翼付け根部から二条の螺旋状の光線が伸び、<アマテラス>の船体をその場に引き留める。空間震動はさらに勢いを増していた。

「第3PSI バリアに次元干渉!?まずい、このままでは跳ばされるぞ!」解析パネルを睨みながら、アランが声を荒げた。カミラは黙したまま、正面のパネルに投影される、揺れ動くオレンジの光を睨む。状況がわからない以上、無闇に次の指示は出せない…

「どうした!?」<アマテラス>船内に響く音色と同じアラームが鳴り響くIMC で、生硬い表情を強張らせた東が確認を求める。

「バ…バイタル変動は特に変化ありません!」真世は上擦った声で、空かさず返事をする。

「<アマテラス>PSIバリアに偏向反応!」

機体管制担当のアイリーンが緊迫に声を震わせた。

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