13.闇の中で光るもの −1

「亜夢ちゃん!!」

真世は、手持ちのオーラキャンセラー(PSIシンドローム患者によるPSI現象化を抑制する拳銃型医療器具。IN-PSIDユニフォームに標準装備されている。)を構える。

PSI 現象化を強制的に抑圧するオーラキャンセラーは、対象者に心身的な負荷を強いるが、真世に躊躇している余裕はなかった。

「ごめんね、亜夢ちゃん!」

視覚効果の発光を伴う抑止波が亜夢のオーラに向かって放たれた。

「うぅ…う…ぐぁあああ!!」

亜夢は自身を締め付ける感覚に一瞬怯む。

真世は出力ボリュームを徐々に上げていく。

「グゥゥ!…ウゥゥ…!」

亜夢は、自身を縛り付けようとする不快な感触の出所を認めると、それを手にした真世を鋭く睨みつける。

PSI 現象化の現れの一つであろうか?その眼光は赤く憎悪に満ちた光で満たされ、目にしたものを焼き尽くさんばかりに燃えたぎっていた。恐怖に慄きながらも真世は、さらにオーラキャンセラーの出力を上げるが、既にその目盛は最大域に達していた。

亜夢のオーラは抑制されるどころか、益々燃え上がり、その眼は獣を捉えた狼の如く、真世を見据えていた。

「…あ…亜夢…ちゃん…やめて…」 

真世は、ガクガクと膝を震わせるだけで身動き一つできず、助けを呼ぶ声も出ない。

殺気の塊となった亜夢は、見境なく真世に飛び掛る。反射的に真世は目を閉じ、身を屈めたその瞬間。

一瞬、激しい閃光が、閉じた瞼の隙間から入り込んだような気がした。

…その娘を下がらせろ…

…はぃ…

頭の中で何者かの会話を聞いたような気がしたのと同時に、すっと意識が遠く…

…わたしは…亜夢ちゃんに?…亜夢ちゃん…

神取は破邪の結界を展開し、亜夢と真世の間に立ちはだかる。

神取の結界は目には見えないが、亜夢のオーラが触れると、両者が反応し激しい閃光を放つ。

「…強大だが…荒々しい…こんなものか?神子の力とは?」

亜夢は獣のように歯をむき出し、爪を突き立てるようにして、結界に向かってくる。だが、結界はその炎が如く燃え上がったオーラに反応し、亜夢が自身の炎を燃え上がらせるほど抵抗度を増す。

…まったく、だらしのない娘だよ!…

硬直しきっている真世の身体を乗っ取り、彩女はその身体を内側からなんとか動かす。ぎこちない足取りで壁づたいに真世の身体を後退させると、そのまま真世の身体ごと壁際にへたり込んだ。

…旦那様!…

彩女は、指示どおり真世を安全圏に導いたことを告げる。

「よし…。」

神取の指先が、空を切り、切れ長の細い両目が見開かれる。

「鎮まれ!!」

そのまま結界は、獣を拘束する網のように、亜夢を包み込んでいく。

激しく抵抗する亜夢の放つオーラとの摩擦が周辺に閃光を伴う衝撃を巻き起こし、施設の壁や床の表面に、細かな亀裂を走らせた。

「ぅがあぁ…ががぐが…!!」

亜夢はその拘束に、その場にひれ伏すが、なおももがき続ける。神取が「鎮魂」の呪文を唱えながら、容赦なく結界の拘束を強めていくと、亜夢のオーラから次第に炎の気配が消えていく。

「んっ?」

その時、神取は、ふと亜夢の内なる気配に微妙な変化を感じる。同時に、亜夢の発するオーラは体内へと吸収されるかのように、みるみる終息していった。

「…まさか…」

亜夢の身体を次第に清浄な気配が包み込んでいった。

神取は、呪縛を徐々に緩めながら様子を伺う。

彼は知っていた…この気配を…

亜夢の放つオーラは、小川の清流の如き様相へと変化している。獣のような形相も、いつのまにか穏やかな気品に満ちた表情へと変化していた。

縋るように神取を見つめる瞳は、静かな湖畔の湖面のような光を湛えている。潤んだその瞳は、精一杯の感謝の意を伝えているかのようだった。

神取はしばし魅入られていたが、程なく亜夢は急激に脱力し、その場に崩れる。亜夢は、そのまま眠りへと落ちていった。

「神子…」

神取は、目の前の少女こそ、追い求めていた「存在」なのである事を改めて確信していた。

また灯りだ…

ちょっと、何なの…眩しいよ…

あ…っ…頭ガンガンする…

「…さん、…くさん!」

もう、なに?…うるさいなぁ…

「お客さん!…しっかりしてください!」

はぁ?…あたしは何とも…

「お客さん!!」

「!!」

サニが目を開けると、店のオーナーらしき中年の男が懐中電灯片手にサニの顔を覗き込んでいた。

「よかったぁ…大丈夫ですか?」オーナーはホッと肩を落とす。

部屋の外は何やら騒がしい。どうやら、この部屋の異変に気付いた野次馬が覗き込んでいるようだ。他の部屋のシステムにも影響が出ているらしく、どうなっているのかだの、早く復旧させろだの文句の声も聞こえてくる。

「…あたし…。」

状況が飲み込めないまま、サニはあたりを見回す。そうだ、ここはオモトワのセッションルーム。センパイとここに入って…

「…あれ?…センパイ?」

サニの隣には直人が腰掛けていたはずだが、姿が見えない。

「センパイ!!」

焦りをあらわに立ち上がってあたりを見回すサニ。先ほどまでのヴァーチャル体験が徐々に蘇ってくる。

…まさか『神隠し』!

オーナーも、もう一人いた事に気付いていなかったらしく、照明が回復しないその部屋をくまなく懐中電灯で探し回る。

オーナーの顔にも焦りが見える。どうやら彼もあの噂は知っているようだ…だが、自分の店でそんな事があってはたまったものではない。

二人は部屋の隅々を探し回るが、直人の姿は何処にも見えない。

「もう、どこへいっちゃったのよぉ!」

その時、部屋を覗き込んでいた野次馬がにわかにざわつき始めた。部屋の外で何かあったようだ。先ほどまでこちらを覗き混んでいた野次馬達もそちらへと引き寄せられていった。

「!…センパイ!?」

サニは直感的に走り出す。オーナーもそれに続いた。

システムエラーで部屋から追いやられた利用者らは次々と野次馬に加わり、廊下は人でごった返していた。

「ちょっと!どいてよ!」と、その人垣を押し退けるようにサニは騒ぎの輪の中心に割り込んでいく。

「大丈夫ですか!しっかりしてください!」

若い利用客らの懸命に呼びかけている声が聞こえる。

「センパイ!!」

サニは、廊下の壁にグッタリと寄りかかり、倒れ込んでいる直人の姿を認めると、救護にあたっていた若者らの間に身を押し込んだ。

直人は口から泡を吹き、半目を見開いたまま、俯き身体を時々ピクつかせている。

「しっかりしてください!センパイ!」

「なんか、フラフラ歩いてるなってみてたら、急に痙攣を起こして倒れたんです…」

「…ホント、マジ、ビビったわぁ…」

サニを連れと認めた若者らは、口々にその時の状況を述べた。

「きゅ…救急車をっ…」「まっ、待って!」

サニはオーナーの申し出を遮ると、小型の携帯オーラキャンセラー(IN-PSID所内で携行しているものより、出力は劣るが、オーラ整調機としても使用でき、応急処置キットとしてIN-PSIDスタッフは持ち歩いている。市販もされている。)をハンドバッグから取り出すと、直人の身体の上を舐めるように照射していった。

救急車を呼ぶの方が最適であったろうが、十中八九、IN-PSIDの救急に運ばれてしまうだろう。

そうなれば、事の経緯を隊長やら、所長らの知るところとなり、大目玉を食らうのは目に見えている。日頃から、こうした高負荷のヴァーチャルネットサービス利用を禁止とまではいかないが、特にインナーノーツのメンバーは、仕事柄、自制、自粛を求められているのだから…

「ん…ぅんん…」

直人の痙攣は、携帯オーラキャンセラーの柔らかな光の中で次第に癒されていった。幸い、症状は軽いようだ。

静かに目を開ける直人。

「…サニ…」

「センパイ!…よかった!」

サニは思わず直人に飛びつき、安堵の溜息を漏らす。周りで見守っていた救護に駆けつけた若者やオーナー、野次馬達もほっと肩をなでおろす。

「立てますか?」「う…うん…」

サニの肩を借り、直人はヨロヨロと立ち上がる。野次馬達は、観賞の対象が一つ消えた事で、また口々に各部屋のシステムエラーの早期復旧を訴え始める。オーナーにそれ以上、直人らを気遣う余裕はなく、直ぐにトラブル復旧へと駆り立てられていった。

「…もぅ…なんでこんなところに?」

直人の顔にも生気が戻ると、安心したサニはいつもの棘のある口調で問う。

「わからない…ただ、何かにずっと呼ばれているような気がして…」

「!」

システムがエラーを起こして、停まらなかったら…もしかしてセンパイは…

サニは急に背筋が寒くなる。

「ねっ…今夜も一緒に居てあげる…」

「い…いや、いいよ…」「ダメ!」

サニは、直人に腕を絡めるとその腕にキツく力を込めていた。

「…真世さん…真世さん。」

穏やかな優しげのある声だ…。

「真世さん!」

でも…どこか乾いている声…真世はそう感じながら、ゆっくりと目を開ける。

「…神取先生…わ…わたし…どうして…」

「大丈夫ですか?軽く意識を失っていたようですよ。」

「あ、亜夢ちゃんは?」ハッとなりあたりを見回す。

「ああ、彼女なら大丈夫…今、部屋で寝かせてます。」

「館内警報が感知していたので来てみたら、貴女とあの子が意識を失って倒れていたんですよ。」

神取は、そっと真世のオーラキャンセラーを彼女に手渡す。

「あの子、有能力者らしいですが…もしや発作を?」

「え…えぇ…そうみたいです。」真世は立ち上ががりながら、受け取ったオーラキャンセラーをまじまじと眺める。

「これでは全く抑えられなかったみたいだけど…神取先生が?」

真世は、神取の瞳を覗き込む。

無言で神取に問いかける。

襲われそうになったわたしを守ってくれたのは…

神取先生、貴方はいったい何を…

「いえ…わたしは何も…」

「…そうですか…」真世は腑に落ちない気持ちを抱えたまま、言葉を続ける事が出来ずに俯く。

「亜夢さんの事は、わたしが診ています。真世さんはお母様のところに…今日も泊まり込むのでしょう?」

はっと我を取り戻す真世。そうだった…。

「どうしてそれを?」

「ああ、看護師さん達から聴きました。ここは私に任せて、さあ…」

「すみません、ありがとうございます。」

「いえいえ、困った事があれば医局へ連絡ください。私も宿直ですので…。」

施設内は、様々な結界防御機能があるとはいえ、先ほどのPSI 現象化の影響が母親に出ていないか、にわかに気になり出した真世は、神取に軽く会釈で挨拶すると、踵を返し、足早に母の部屋へと向かった。

神取はそのまま、真世の後ろ姿を見送り、彼女が母の部屋へと戻っていくのを確認する。

それを見計らったかのように、神取の背後の影が伸びる。

…首尾は?…

…上々だ…この一件、記録に細工を加えた…お頭の関与には誰も気づかぬだろう…

…うむ…

元、忍びの怨念である神取の式神、玄蕃は、敵陣への潜入、警戒システム、防御兵器の無効化、味方の手引きといった拠点攻略の技術に長けている。彼の存命した時代から600年ほど経ったこの時代のシステムにも類い稀な学習能力と洞察力によって精通している。

仕組みは変れど、設計理念、思想のパターンは時代を経てもそう変わる事はない…その「勘所」を玄蕃はよく抑えていた。

…この城のカラクリもほぼ全容を把握した…全てを無効化するのは至難ではあるが…抜道はいくらかある…

…抜道か…ふっ…堅牢なシステムほど網の目の警戒は疎かになるものだな…

神取は微かな笑みを口元に浮かべる。

…引き続き頼むぞ…

…御意…

影は再び何処かに姿を消す。

神取は振り返ると、亜夢の部屋の扉をそっと開けた。

照明が落とされ、窓とカーテンも閉め切った暗闇の中で、亜夢の寝息だけが静かに繰り返されていた。

先刻、この部屋へと亜夢を戻し、玄蕃に施設の警戒網に感知されない結界工作を施させておいた。この施設の結界効果と併用すれば、先程のような発作的な能力発現もある程度抑制できるであろう…

「…」神取は無言のまま、亜夢の安らかな寝顔を見据えていた。「神子」は確かに目の前にいる。

だが、先程神取が感じ取った「あの気配」を今は感じる事はできない。

彩女の報告によれば、この娘、どうやら二つの異なる意志を持つらしいが、今この娘に「居る」のは、はたして「神子」か…それとも…

 

IN-PSID中枢施設、六角錐台状の2階~3階部は多様化するPSI災害「PSID:PSI DISASTER」への対策研究統括室がテクノロジー、医療、心理、生物、自然環境などのセクションに分かれて置かれている。各研究統括室は、更にIN-PSID附属大学内に研究施設を持ち、大学と連携して、刻々と変容するPSIDを克服すべく日夜研究を重ねていた。

そのうちの一つ、「PSIテクノロジー安全対策科」のラボには、日曜日の夕刻にもかかわらず、数名のスタッフが藤川の招集に応じて詰めていた。

60代ほどの中肉中背の男が、若い研究員を伴い、解析端末のパネルに幾重にも表示された解析コードのウインドウに向かいながら、その検証を進めていた。

彼の名は、片山徹。藤川の出身大学の後輩にあたる男で、IN-PSIDの副所長と附属大学の学長を兼任している。IN-PSIDきっての堅物と評され、頑固で融通が利く男ではないが、彼の実直な仕事ぶりには、藤川も信頼を寄せている。

インナーミッションに直接関わる事は無いが、日常的な外部機関や民間からの対PSID対策依頼はほぼ彼が一手に引き受けており、実質、IN-PSID本来の災害対策機関としての機能は、彼によって動かされているとも言える。

「どうかね…片山くん。」

藤川は、モニターに向かう片山の丸まった背中に語りかける。片山は、無言のまま、短く切り揃えた白髪混じりの頭を雑に掻く。

今、巷で噂になっている「神隠し」と、それに関連していると目される「オモトワ」の関連性を明らかにし、関連があればその確固たる証拠を挙げる…それが例の勇人からの依頼であった。いや、勇人が言うには、元は警察からの捜査協力依頼という事らしいが…

藤川は片山とインナースペースドライブのスペシャリストの研究員を召集し、「オモトワ」のシステム解析を頼んでいた。

データソースは、調査協力機関として、警察のヴァーチャルネットセキュリティ課から提供を受けている。高度な解析技術をもつ警察でも、決定的な証拠を挙げる事はできていない。IN-PSIDの技術をもってしても、この数時間で成果を出す事は困難を極めた。

「それなりです…」片山は短く答えた。

片山が言うには、IN-PSIDの実験用インナースペースサーバーに提供されたデータソースから、実機と同様の環境を構築、また、同じく警察から提供されたエミュレータのセットアップ、動作確認まで完了させており、検証環境は整ったらしい。現在、ダミー意識プログラム(実機のように、IN-PSIDのヴァーチャルアクセスルームを使って、生身でアクセスすることもできるようにしたが、研究員に何らかの被害が出るとも限らないため、藤川は心理科の協力も得ながら、アクセス用のダミー意識プログラムの作成を指示していた。)を使ったアクセス試行を何通りか試行しているところなのだが、特別変わった事はない…といった内容を画面をいくつか切り替えて見せるだけで、言葉少なく説明する。

片山は、非常に優秀な技術者でもあるが、何事も言葉に表わすのを不得手としていた。学長挨拶も必要最低限の言葉で綴られた原稿をきっちりと読み上げるだけという…学長らしからぬあり様であるが、そのシンプルさはかえって学生たちの間では、好評であった。

「そうか…」藤川もまた言葉少なく応えた。

長年、後輩として藤川の研究を技術のみならず、実務的な面からも影ながら支えてきた彼とは、その短い言葉のやりとりだけで充分であった。

「…失踪事件に繋がるようなものは、今のところ何も…ただ…妙なPSIパルスが断続的に利用者の無意識層に送られているようです。」

片山は、解析中のグラフ化されたデータをモニターに投影して見せる。説明の言葉はない。

「何かわかるか?」

「いえ…一応過去のPSIパルスデータと照合したところ、20年前の震災前後に似たようなPSIパルスが観測されていたようです。地震波のインナースペース次元情報の類でしょうが…」

「…これも…20年前か…しかし、なぜそんなものを…」藤川は顔しかめる。

「震災20周年キャンペーンらしいので、その絡みかと…ですがダミーでは、このPSIパルスに何ら反応を示しませんね。」

警察でも捜査員の安全を考慮し、捜査員のアクセス検証は避け、プログラム解析や実機端末の分解調査等、技術的なアプローチのみであったため、IN-PSIDの技術によるダミー意識プログラムでの検証は、解決の糸口を見いだす期待を警察からも寄せられていたのだが、一筋縄ではいかないようである。

片山は淡々と続けた。

「即席のダミープログラムでは、無意識領域の情報量が乏しいのでどうしても…」

「これが限界か…だが、研究員にアクセスさせるのは避けたい…。」

片山は藤川の言葉に大きく頷いてみせた。

藤川は左手の杖に体重を持たれかけるようにしながら、しばらく思索を巡らす。片山は必要なことは話し終えたとばかりに、モニターに向き直り、作業を再開する。

静まり返ったラボには、研究員らの操作するコンソールの操作音、機材から発せられる確認音があちこちで無機質な声を上げていた。

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