12.残滓 −1

「エネルギー充填120%!総員、対ショック用意!発射10秒前!9…8…」

握りしめたPSI波動砲発射装置のグリップは鉛のように重く、微かな振動を両手に伝えてくる。

身体の内側から湧き上がる衝動は、動悸へと変わっていく。直人は自分の鼓動と発射装置の振動が同調しているのを徐々に感じ取っていた。

「…7…6…」照準に映し出されるメルジーネは冷酷な微笑みを湛えたまま、直人を挑発するように見据える。

…撃っちゃえよ…

…そうすれば楽になれる…

…ほら、ほら!…

直人にささやきかけるその声は、自分の声にそっくりの声色で笑い転げるように直人に語りかける。

気付くと拳銃型の発射装置の先端は自分の方へ向き、その先端は、今にも破裂しそうな風船の如く膨れ上がり、赤黒いマグマのような発光を漏らしている。

…これを撃ったら…撃ったらダメなんだ!!

咄嗟に直人は、発射装置から手を離そうとするも、磁石のように吸い付く発射装置から手が離れるどころか、より一体となっていく。

「センパイ!どうしたの?」

「何やってんだ?早く撃てよ!」

横に立つサニとティムが嗾ける。

「同調率100パーセント!ナオ、今なら!」

「そうよ。今度こそいける!」

アランとカミラも直人を励ますように言葉をかけてくる。

「駄目だよ!これを撃ったら!皆んな死んじゃう!」

直人は必死に抵抗する。

「何言ってんだ?手伝ってやるぜ!」

「あたしも!」

ティムとサニは発射装置に取り付き、直人にそのトリガーを引かせようと力を込めてくる。

「やめ…やめろよ!」

ティムもサニもその手を引くことはない。

カミラとアランもいつの間にか直人の両側に立ち、ティムとサニに加勢する。

「ぁわぁあぁ!」直人は声にならない声をあげながら、その絡みとられた手を必死に抜き取ろうともがく。

…撃っちゃえ…そうすれば楽になれるよ…

あの声が木霊する。

揉みくちゃにされ、薄れゆく意識の中、メルジーネの変わらぬ冷酷な眼差しを感じ取る直人。

「た…助けて!…あむ…アム…ネリア!」

直人はまたあの名前を思い出し、呼び掛け叫ぶ。メルジーネのその瞳から、一筋の涙のような煌めきが流れ落ちたようにみえた…

はっとなって目を開け、体を起こす直人。

自分の置かれた状況がすぐに把握できず、辺りを見回す。次第に意識がはっきりしてくると、この場所が何処なのかわかってきた。何度か訪れたことのある、見慣れた部屋だ。

あちこちにブランドもののカバンやら靴、化粧品…それが入っていたであろう箱が乱雑に部屋の脇に寄せられている。

部屋の中央のテーブルの上には、ウィスキー、焼酎の瓶が2、3本立ち並び、残った乾き物とグラスの中身から立ち込める臭気が鼻に付く。

直人はその臭いに昨夜の記憶がだんだんと呼び起こされてくると共に、はたとベッドの上で何も身につけていない自分に気付いた。

二日酔いの気持ち悪さと共に自己嫌悪の感情がふつふつと湧き上がってくる。

「…また、やっちゃったのか…」

直人が床から出ようとしたその時、閉まった部屋のドアの向こうからパタパタと足音が聞こえてくる。咄嗟に直人は布団に潜り込み、寝たふりを決め込んだ。

ドアノブを回す音に続き、ドアが開く音がする。

「あれ…まだ寝てるの…?」ボソッと呟いたサニは、そのままベッド近づき腰を下ろすと、直人の寝顔に顔を近づけて舐めるように見回す。

「もう…自分ばっかり、さっさと果てちゃうんだから。」

ジッと見つめるサニの視線を感じながら直人は寝たふりを続けた。

昨晩、直人は誘われるまま、繁華街からほど近いマンションに独り住まいをしているサニの部屋に立ち寄り、二人で飲み直し、そのまま一夜を共にした。

二人の関係は、サニがIN-PSID附属大学の特別研究科に後輩として入って来て以来、断続的に続いている。

その新入生歓迎会で最初に声をかけて来たのはサニの方だった。無意識の感覚に似通ったものを直感で感じとった二人は意気投合し、その夜、彼女に誘われるままに関係を持った直人。

直人にとっては初めての女性であり、その後、何度か身体を重ねるうち、サニに情が移った直人は、一度、彼女に交際を申し込んだ事もあった。

しかし、彼女は特定の恋愛に縛られる事を嫌い、直人との交際を拒む。さらに直人以外にも身体だけの相手が何人かいる事を暴露。彼女にとってそれは、スポーツや食事のようなものだという。

直人はサニのその感覚についていけず、程なく彼女がインナーノーツのメンバーに抜擢された事も相まって、彼女との関係を次第に遠ざけるようにしていた。

さらに直人は、もともと真世の事が気になっていたこともあり、彼女との秘めた関係を断とうとしている…が、その試みは、彼女の気まぐれな誘いの度に打ち砕かれている。直人は自分の意志の弱さを毎度の事ながら呪わずにはいられない。

「はぁ…バーチャルみたいにはいかないかぁ~。」サニがうわ言のように呟く。

…バーチャル??

直人は薄目でサニの様子を伺う。

シャワーから出たばかりなのだろう。バスタオル一枚を身体に巻き付けた姿の、彼女のブルネットの髪にはまだ湿り気が残っている。褐色の肌に弾かれた水滴が数滴、彼女の背中を滑り落ちる。

…綺麗だ、と直人は素直に思う。

十分すぎるほど彼女は魅惑的なのだ…性格意外は。

思わず身体が反応してしまう動揺を必死になって抑えながら更に様子を伺う。

「パパかぁ…」そう呟きながら何かを思い描いているようなサニの素ぶりを、直人は薄目越しに認める。どこか淋しげな表情に見えた。

程なくサニは思い出したように左の掌を拡げ、指輪型の小型端末を起動させる。

左の掌の上に、モニターが形成されるや、サニはモニター上で素早く反対の手を走らせ始めた。バーチャルネットにアクセスしている様子だ。

「今から予約…とれるかなぁ…」

サニはそのままネットの画面をスクロールしたり、タッチする作業を手早く繰り返している。

…何見てんだ?…

気になった直人は、そっと身を起こし覗き込む。サニは直人の気配に気づく事なく、画面の操作を続けていた。

「…あ、それ…昨日の?」

「!っわ?って、せ…センパイ!?ビックリした!」

画面には昨晩、街中で見かけた広告のサイト「想いは永遠に。(オ・モ・ト・ワ)」の会員専用ページだった。

「へー、サニやってたんだぁ~。」

「ちょっ…ちょっと見ないでよ!」

掌を閉じて画面をシャットダウンしようとするサニの手を直人は無理矢理止める。昨夜の逆襲だ。

「いーでしょ?ちょっとだけ。」

「だ…ダメだって!!」

引っ込めようとするサニの腕を両腕でつかまえ、手を開かせながら画面をスクロールさせていく。

「ん、面会履歴?誰と会ってんの?」

「や…やめてよ…もう!」

若干、いつも小馬鹿にされている腹いせも混じって、直人は必死に抵抗するサニを押さえつけながら画面を追う。

「はっ?」

面会履歴の表示に思わず手を止める直人。その隙に解放されたサニは手を引っ込めて、画面を閉じて顔を背けた。

「ははぁ…バーチャルってそーゆーこと?」

「し、知らない!」サニは顔を赤らめ、頬を膨らませながら口を閉ざす。

「オレをネタにして遊んでたってわけ?」

直人は意地悪い口調で責め立てる。サニは顔を俯けて黙り込む。

いつもの立場が逆転した事にいささか快感を覚え始めたその時。

「…だって…センパイ…最近ずっとご無沙汰だったんだもん…」

サニはか細く呟く。いつになくしおらしい。そのまま口を閉ざすサニ。微かに肩を震わせているように見える。

…まさか、泣いてる?…

直人の快感は、たちまち焦りに反転する。

「…ご…ごめん、やりすぎた…ほんと、ごめん。」

背中を向けるサニに直人はひたすら頭を下げる。

「…」

「…怒って…る?」

「…ぷっ…」

「?」

「ぷっぷ…ぷははは!」

腹を押さえながら笑いを吹き出すサニ。

「えっ?」

「センパイってほんと、こーゆーの弱いよね。安心して、センパイに泣かされるほどヤワじゃないの、アタシ。くくくっ!」

やられた!また、騙された…

「…もう、帰る…」サニにはまるで敵わない。脱ぎ散らかしていた自分の衣服をいそいそとかき集め、逃げ出す準備を始めた。

「やだ、待ってよ!センパイ!」

コロコロ笑いながら引き留めるサニ。

「どーせオレはキミのオモチャだよ。さよなら。」着替えもまばらにドアへと向かおうとする直人の腕を今度はサニが捕まえる。

「もう!センパイ、パパに会ってみたかったんでしょ!?」

サニのその言葉に直人は動きを止めて振り返った。

天頂へと至った夏の陽は、この日も燦々と照り輝いている。藤川は、所長室のバルコニーで水平線の先に立ち昇る積乱雲を眺めながら、妻、貴美子と共に遅めの昼食をとっていた。

休日の夫婦水入らずのランチタイムは、所内から出かける機会が少ない二人の最近のささやかな楽しみであり、お互いの時間が合う時に、所長室や病院棟の医院長室、食堂やプライベートガーデンなど、IN-PSID施設内の各所でランチタイムやディナータイムの時間を作っていた。

ランチタイムは特に貴美子が時々、弁当を準備してくれるので、藤川も特にこの時間を大切にしている。

「貴美子…これは?」

神妙な面持ちで問う夫。食には少々小うるさい。

「この間貰った小鯛、味噌粕漬けにしてみたのだけど…どう?」

「…うむ…」夫は静かに味わっている。口に合わなかったのかしら、と様子を伺う。

「いや…これは絶品だ。いつもの塩焼きもいいが、なるほど、これはいい。」

「よかった…ここでは昔からある料理みたいよ。この間、郷土料理復興会で教えてもらったの。」

「合成食材の普及が進んで、忘れかけられている料理もまだまだ沢山あるのだろうなぁ。」藤川は小鯛の味噌粕漬けをもう一切れ頬張ると、先ほどよりさらに丹念に味わう。

部屋の方で電話のコールがなる。

藤川の小型端末も連動してコールを繰り返していたが、この時間を邪魔されたくない藤川は、構わず箸を進めた。

「電話、いいの?誰から?」貴美子は心配そうに伺った。

「風間だよ。これで3度目だ。どうせ面倒ごとに決まってる。」

ランチタイムの直前に2回、電話があったが、藤川は貴美子との時間を優先したのだった。

「もう、出てあげなさいよ。」

「後で折り返すから…お、おい。」

藤川がそう言う間に、貴美子は席を立ち、藤川のデスク上の端末で応答する。

端末のモニターが形成されると、気崩した柄物のオープンシャツにサマージャケットを羽織った細身の男性が現れる。

「やあ、貴美子。元気かな?コウは?」

風間勇人ー

全日本PSI開発推進機構(Japan PSI-development and initiatives Organization 通称:JPSIO)の理事長であり、直人の祖父にあたる男だ。

藤川と同い年ではあるが、後退した頭髪を短く刈り上げ、薄っすらと髭を蓄えた精悍な顔立ちと、すらっと伸びた長身の立ち姿は、50代でも通りそうだと貴美子は思う。

「風間さん、お久しぶり。コウは…」

貴美子がバルコニーのほうへ振り返ると、勇人を映すモニターに向かって、藤川は睨め付けるような視線を送っている。

「こりゃ水を差してしまったようだな。」

柔和な笑顔はどこか少年のようで可愛らしい。

「いえいえ、コウったら…ごめんなさいね。あ、そうそう。この間紹介していただいた神取先生。優秀な方ね。とても助かっているわ。」

間を繋ごうと、貴美子は話題を提供した。

「こちらも無理を頼んで申し訳なかった。どうしてもそちらで研修させたいと病院側の強い希望でな…だが、お役に立っているようで何より。」

「ええ、本当に。このままうちに来てもらいたいくらいだわ。」

藤川は箸を休めると、おもむろに席を立ち、モニターへと近づく。

「そんな世間話をしにわざわざ電話して来たのでもあるまい?今度は何だ?」

袂を分かったJPSIOとは、なるべく距離を置きたい藤川は、最近ちょくちょく連絡してくる勇人に抗議するかのような口調で問いかける。

「おいおい、そんな怖い顔するなって。この話、お前も絶対に興味を持つから。」

勇人の顔から笑みが消える。こういう勇人の表情には嘘がない。

藤川は、しぶしぶ机の椅子に腰を下ろし、両ひじを机に乗せて顔の前で両手を組み合わせると、目配せで続きを促した。

「コウ、今巷である噂が拡がっている。」

「噂?」やや勿体つけた勇人の言い回しに、怪訝そうに相槌を打つ藤川に、勇人はモニターに顔をぐいと寄せて、神妙な面持ちで迫る。

「『神隠し』だよ…」

神隠し…その言葉にはっとなって体を硬らせる藤川。藤川は努めて冷静を保つが、貴美子はその素振りと裏腹な夫の動揺を感じ取っていた。

日差しの衰えない昼下がり、直人とサニは、鳥海まほろば市郊外のヴァーチャルネットカフェに居た。

ヴァーチャルネット環境はライト、スタンダード、フルのランクがあり、ライト、スタンダードは家庭用でも普及しているが、フルは業務用限定となっており、専門機関(IN-PSIDにもあるが利用制限が厳しい)、企業、公共施設やヴァーチャルネットセンター、ヴァーチャルネットカフェ、一部ゲームセンターなどでのみ利用が可能であり、ヴァーチャルネット-インナースペースドライブ(インナースペースのアバターと完全同期するシステム)により、インナースペースに構築された仮想現実空間を実体験とほぼ変わらない感覚で楽しむことができる。(同期しないのは「死ぬ事」(死ぬ間際を様々なシチュエーションで体験できるサービスはあり、かなりの人気を博しているが…)くらいなものである。)

ヴァーチャルカフェには、主にこのフル対応の機種が設置されており、どの施設でも連日ほぼ満席の盛況をみせていた。特にフル環境版の「オモトワ」は専用機種で、設置できるカフェは限られている為、非常に予約をとりにくい状況が続いている。ここも郊外のカフェとはいえ、「オモトワ」の利用客とそのキャンセル待ち、その他のフル対応設備も満室状態で賑わっていた。

人気絶頂の「オモトワ」は、予約を取るのが非常に難しいが、震災20周年メモリアルキャンペーン中であり、直人はサニのサポートを受けながら、優先予約枠で何とか予約を入れる事が出来た。

カフェの混み合う受付ブースで、直人は、通常利用者登録の他に、被災者情報確認(予約の際は、社会保障制度番号の入力、照会のみであったが、受付機ではPSI テクノロジーを用いた無意識の記憶スキャンを何度か行う事により、被災者であるかの特定を行う。直人はこれにいくらか不快感を感じていた。)に戸惑いながら、自動受付機で手続きを進めている。

その直人の作業にサニは終始、口出しする。

「オモトワ」に関しては、自分の方が「センパイ」なのだ。直人は、得意げなサニにだんだんと煩わしさを覚える。

震災キャンペーンの優先予約とはいえ、受け付けは予約確定から3時間待ち。

その間、直人は「オモトワ」の予約を手伝ってもらったことと引き換えに、サニのショッピングやら食べ歩きのお供に引っ張りまわされ、いささかゲンナリしていた。

「で…いつまでくっ付いてくるわけ?」

直人は、受付の操作にあれこれ口出しするサニに幾分、嫌味を込めて言い放つ。

「だってセンパイ、これ使うの初めてでしょ?あたしが付いてた方が安心できるでしょ?」

サニはケロッとした顔で応える。

直人に鬱陶しがられているのを気にもとめず、直人の操作に割って入ると、呆気にとられている直人を横目に、複数参加を可能にする「グループセッション」の項目まで一気に進めた。

「あ、これ、『はい』にしてね。」と戸惑っている直人を急き立てるサニ。その勢いに言われるまま直人が「はい」の項目を選択すると、サニは空かさず「グループメンバー」へ登録を済ませてしまった。

「は?…お…お前なぁ~。」時すでに遅し。

直人がサニの同時参加に同意してしまったことに気付いた頃には、受付は既に完了していた。

ここでようやくサニから解放されるという直人の期待は、淡くも崩れ去ったのだ。

「さっ。行きましょ!」平然と開き直っているサニにため息しか出ない直人。

「はぁ…邪魔しないでくれよ。」「わかってるって。」満面の笑みで返すサニ。

最近、ヴァーチャルネットでよく見かける「オモトワ」利用者の「神隠し」の噂をおそらく直人は知らない。

単なる噂だとは思うけれど、直人を独りにしてはいけない…ふとそんな予感をサニは感じていた。

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