13.闇の中で光るもの −2

藤川はふと顔をあげた。

「片山くん…メインサーバーにアクセス…このファイルを呼び出してくれ。」藤川は、自身の小型端末を脳波コントロールで操作し、アクセスパスを片山の端末へと送信した。

片山は怪訝に思いながらも藤川の指示に従い、彼の指定したファイルを呼び出す。

[PSIパルス照合:藤川弘蔵…ファイルアクセス権レベル1確認……ファイルを展開します]

ファイルへのアクセスを許可する合成音声が消えると、片山の端末モニターに数百件に及ぶデータファイルが次々と展開されていく。

「これは…生体記憶データ?…しかもこの膨大なデータ量は…」

「これなら…どうかね?」

「ええ、この情報量ならもしや…しかし、これは?」

藤川は片山の端末と連動する大型モニターに展開されるファイル群をじっと見つめたまま呟く。

「私の…大切な友人の記憶だ…」

「警察庁広域特捜課の上杉です。」

「葛城です。」

スーツ姿の二人の捜査官は簡潔に名乗る。

「IN-PSIDの所長をしております、藤川です。」

「ご高名は存じ上げております。」上杉は敬意を示すように頭を下げた。上杉の会釈に釣られるように、葛城も軽く頭を下げる。

葛城は国際機関IN-PSIDについての一般的な知識はあったものの、目の前にいる所長の藤川博士に関しては、ここへ来るまでの道中で、上杉からレクチャーを受けて初めて知った程度だった。

国際的には非常に高名なPSI物理・工学博士ということであったが、国内で藤川の名は、毎度のようにメディアに登場しては、高説を振るっている、いわゆる御用学者達の陰にすら及ばない。

おまけに、国連管轄のIN-PSIDは、秘匿性の高い研究機関となっており、一部ではいわゆる「怪しい機関」という風評まである。上杉によれば、20年前の震災以降も国策としてPSI 推進を強行した国に対し、PSID(PSI Disaster PSI災害)に警鐘を鳴らし続け、真っ向から対立してきた確執が未だにあるということらしい。

風評を信じるわけではないが、果たしてどこまで信頼できるのか…葛城は藤川を見る目を細める。

「どうぞ…。」藤川は、二人の刑事を自室へと招き入れた。

早朝のIN-PSID所長室には、開け放たれたバルコニーの方から、穏やかな潮騒が心地よい音楽を奏でている。

二人は、藤川の勧めに応じて、客席へと腰を下ろす。その後ろから、長身の男がぬっと姿を現わした。

「私もいいかな?」その着崩したサマースーツ姿の男は、そう言うと愛用のイタリアンハットを脱ぎながら、藤川が応えるより早く腰を下ろし、にこやかな笑顔を藤川に向けた。

「今回の件では、ご協力感謝致します。…ところで、藤川所長は、こちらの風間理事長とは古くからの御友人とか?」

上杉は、柔和な笑顔を二人に向けながら話のきっかけを持ちかけた。

「えぇ…まぁ…」藤川はむすっとした表情を勇人に投げかけたまま応える。

「おいおい、コウ。ったく連れないなあ…昔っからこういうヤツなんだ。こいつは。」

上杉と葛城は、表情を変えない藤川とからからと笑いをあげる勇人の顔を交互に覗き込む。

「なるほど…お立場上、色々とおありなようで…」

その時、所長室のドアが静かに開く。

「失礼します。」

香ばしいコーヒーの香りが所長室に流れ込んでくる。

「おぅ!おはよう、貴美子!」

コーヒーを運んできた貴美子が目に入るなり、勇人は助け舟が来たとばかりに嬉々とした表情を浮かべ手を振った。

「おはようございます。風間さん。」

「おっと、コーヒーかぁ…」

勇人は顔をややしかめる。自分と客人の嗜好は伝えてたはずだが…

「ちゃんとご用意してますわよ。真世!」

「はい、只今…」カチャカチャと陶器の触れ合う音と共に、真世はティーポットとカップを二セット乗せたカートを運び入れて来た。

「おぉ…「あの」真世ちゃんか!?」

「はじめまして、風間さん。」

真世は軽く会釈し、勇人はそれに満面の笑顔で返す。

「いやいや、20年ほど前に一度会ってるんだよ…。貴美子に似て別嬪さんになったなぁ。」

「…あ…ありがとうございます…。」

真世は、食い入るように見つめてくる勇人に困惑しながら、ティーポットとカップを並べ始めた。

「相変わらず、お口が上手だこと。」

真世に助け舟を出すように、貴美子が口を挟む。

「貴美子も相変わらず美しいよ。いゃあ、真世ちゃん、良かったなぁ~コウに似なくて。」

「余計なお世話だ。」藤川はむすっとしたまま、貴美子から差し出されたコーヒーを流し込む。二人のやりとりに真世は苦笑いを浮かべながら、ポットからカップへと紅茶を注ぎ上杉の方へと勧めた。

「どうぞ。」「ありがとう。イングリッシュ・ブレックファーストですね。懐かしい香りです。最近では合成の茶葉ばかりですが…これは本物ですね。」

上杉は軽く会釈して真世に謝意を示す。

上杉のどことなく優雅な笑顔に真世はほっとなる。

給仕を終えた二人が退室すると、早速、勇人が口火を切った。

「コウ…用件は伝えているとおりだ。」

たっぷりとミルクと砂糖を加えた紅茶をティースプーンでかき混ぜながら勇人は続けた。

学生時代の彼は、甘いものも紅茶も口にしない男だった。

彼の嗜好を変えたのは、彼の妻だった女性…

「こちらの上杉君には、以前にも世話になったことがあってな。今回の件は、その時の恩返しでもある。とは言え、俺にできるのはお前を紹介するくらいなもんだが…」

「それだけでもあるまい…インナースペースドライブとヴァーチャルネットは、今やこの国の基幹産業…。国の意向か、お前さんの嗅覚かわからんが、この事件、大ごとになる前にカタをつけたい…そんなところだろう。」

「実際に被害者が出てるんだ!黙ってみてられないだろう!」勇人は思わず腰を上げ声を荒げた。

「理事長…まだ、「オモトワ」が黒だ、とはっきりしたわけではないので。」

勇人が白熱するのをみかねた葛城が、両手を広げいきり勃つ馬を宥めるようにして間に入った。

「そ…そうだったな。」勇人は、座り直すと手にした紅茶を流し込んだ。それを横目に、上杉は静かにティーカップを受け皿に戻す。

「確かに、この調査はまだ見込みの要素が多いのですが、僕としても「オモトワ」が事件に関与していると睨んでいます。これ以上の被害拡大を防ぐためにも、一刻も早く確かな証拠を突き止めたい。」

「承知しております。」上杉の真剣な眼差しに藤川も真摯に応じた。

「我々も、昨晩から解析にあたっているのですが…かなり厄介でしてな…。」

そう言うと、藤川は客席の脇に据え付けられているモニターを起動させた。モニターに階下の「PSIテクノロジー安全対策研究科」のラボが映し出される。ラボには早朝から研究員が詰めていた。昨夜から夜通しで解析にあたっていたスタッフに今朝から登所してきたスタッフも加わり、幾分、騒然としている。

「おはよう、片山君。」モニターに映る片山に藤川は語りかける。

「あ、おはようございます、所長。」

「副所長の片山です。今回の解析作業を担当してもらっています。」と藤川は二人の捜査官に簡単に紹介した。

「警察からいらした上杉さんと葛城さんだ。二人に状況を説明してくれ。」

「おはようございます、片山さん。警察庁広域特捜課の上杉です。今回は面倒な作業をお頼みしてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」

「片山です。」片山は軽く頭を下げながら、抑揚のない声色で名乗る。

「解析は昨夜からいくぶん進んで、我々の実験サーバーに、ご提供頂いた環境を構築、我々の準備したダミーのアバターでアクセスし、「オモトワ」の反応を検証しています。」

「そのアバターとは、どのような?」葛城が質問する。

片山は、助けを求めるような視線を藤川に投げる。

「申し訳ないが、我々の研究はまだ世に公開出来ないものも多い…詳細は伏せさせては頂けないだろうか?」

藤川は片山に変わって、秘匿権を主張した。

「わかりました。可能な範囲で結構です。続けてください。」上杉は丁寧に藤川の申し出を受け入れる。

「はい…まずひとつ、わかった事ですが、「20年前の震災被災者」に対して、「オモトワ」が何らかの働きかけをしている…という事です。」

「確かに…我々の調査でも失踪者の多くは震災被災者、親族である事は判明していましたね。」

上杉は確認するように葛城に投げかける。

「ええ。ちょうど今「オモトワ」で「震災20周年」キャンペーンなるものを実施しています。失踪者の身辺調査やネット上の噂などから、我々も「震災」を介して「オモトワ」と失踪事件を結びつけるようになりました。」

「…」片山は、二人のコメントが終わるのをじっと待つ。

「片山くん。」藤川が説明を続けるよう促す。

「あ…は、はい。そこで、我々の準備した記憶…」片山は口ごもる。

「いえ…えぇと…合成した震災記憶をアバターの無意識領域に再現し、そのアバターで何度かアクセスをトライしてみたところ、なんとか「オモトワ」側からのアバターへのアクションを引き出す事に成功しました。」

「おお!本当か!?」勇人は色めきだち腰を浮かせる。

「こちらの分析では、そこまで到達できませんでした。この短時間の間に…素晴らしいです。」賛辞を送る上杉も自然な笑顔を見せた。

「ですが…」彼らの反応とは裏腹に、片山の表情は硬い。一瞬、和らいだ空気は再び一同の肩へとのしかかってくる。

「「オモトワ」側からのアクション…何らかの信号のようですが…」片山はそこまで言うと言葉を濁らせる。

かわりに分析したアバターの無意識領域の活動マッピング図を展開してモニターに映し出した。サーモグラフィーのようなマップ上に時折、光点のようなものが現れるが、即座に周辺に拡散し馴染むように溶け込んでいく。それが、マップ上でいくつも確認できた。

「これは…何ですか?」困惑しながら葛城が問うが、片山からの説明は無い。彼は、この現象をうまく説明しうる言葉を持ち合わせていなかった。この画像だけで、状況を把握できるのは、藤川くらいなものであろう。

「うーむ…信号は無意識深くに浸透して、現象界、いや本人の表層意識にすら感知されないようになっているようですな…」藤川が片山に変わって説明する。

「つまり?」葛城はさらなる説明を求めた。

「つまり、受け取った本人の無意識に直接働きかける、何らかのサブリミナル効果を持った信号の可能性がある…そういうことでしょうか?」

上杉の出した結論に藤川も大きく頷いて応える。

「なるほど!だったらその信号の内容を解析すれば!」声を張り上げる勇人を藤川が制する。

「そう簡単にはいかんだろう…意識化されず無意識領域に浸透した信号を現象界に復元するのは、不可能に近い…そうだろう、片山くん?」

「は…はい…。」藤川の考えの通りであった。早朝から何度も信号の復元を試みていたが、尽く失敗を繰り返していた。

「…そ…そうなのか?そこまでわかっていながら…」落胆した勇人は、再び座席へと深く腰を落とした。

「上杉さん、確証とまではいきませんが、少なくとも「オモトワ」側からの利用者に何らかの働きかけるがあることは確かめられました。こうなったら人海戦術です。捜査員をネットカフェに張り込ませて、利用者の足取りを追跡すれば!」

「葛城君、内容もわからない情報で捜査員の動員はできませんよ。それに…」

上杉は紅茶を一口含む。そのゆったりとした所作は、その場の空気まで飲み込むかのようだ。

「セキュリティカメラなどの解析結果から、行方不明者の足取りを追えるものは、ほとんど出てきませんでした。生体認証方式、PSI パルス照合方式に関わらず…「オモトワ」が関与していると思われる捜索願は5千件を超えるというのに…おかしいとは思いませんか?」

葛城は上杉の言わんとすることをすぐに理解した。彼も薄々、感じていた疑問を口に出す。

「まさか…警察内部に事件に関わっているものがいると?」

「断定はできませんがね。ただ、この事件、背後に何か巨大な組織的力があるとみて良いでしょう。」

「くそっ!」忌々しい腹立ちを抑えるように葛城は、右の拳を左の掌に打ち付ける。やはり決定打が欲しい…。重苦しい沈黙が、部屋を包み込んで行く。

「方法がないわけではない…。」

藤川の一言に、その場の一同は顔を上げる。

藤川はゆっくりと腰を上げ、バルコニーの方へと向かう。眼下に広がる日本海を眺めながら藤川は言葉をつなぐ。

「外から見ようとするからわからないのだ。

…ならば、無意識領域の内側でその信号を捕まえればよい。」

勇人は、その言葉にハッとする。

片山も藤川の考えを直ちに理解した。

「おい、コウ!まさか?」「しょ…所長。」

「そのような事が、可能なのですか?」上杉は、平静を保ったまま問う。

「ええ…理論的には。ただ…」向き直った藤川はそこで言葉を止めた。

「わかっております。『企業秘密』…ですね。」上杉はにこやかに微笑みを浮かべる。

「申し訳ない。…この件、もうしばらく我々に預けては頂けまいか?」

藤川のその言葉に上杉は、静かにティーカップを受け皿へと戻すと、すっと立ち上がる。

「大変美味しいモーニングティー…ご馳走様でした。我々も解決の糸口が欲しい。恐縮ですが、引き続きよろしくお願いします。」

上杉は藤川へ軽く頭を下げ、信頼の意を示した。

「えぇ。全力を尽くしましょう。」上杉を真っ直ぐ見据え、藤川も言葉に力を込めた。

「風間理事長、我々は捜査があるのでお先します。」上杉は、自分の手荷物を手早くまとめ、席を立つ。

「ん?あ…ああ。」

「葛城くん、行きますよ。」「はっ、はい。」コーヒーの残りを一気に流し込む葛城。

「コーヒーも、ご馳走さまです!」

慌ただしく席を立つと、小走りに上杉の後を追う。

二人は、所長室の入り口で向き直り、軽く会釈を送ると、そのまま機敏な足取りで姿を消した。

「ちょっと行動が突飛なんだよなぁ。上杉君は…。一昨日の晩も唐突に呼び出されて、持ちかけられたのが今回の話だ。」

ボヤくように呟く勇人。

「突飛なのはお前さんもいい勝負だろう。」

藤川は自席へ再び腰を下ろすと、残っていた自分のコーヒーを静かに飲み干す。

「言ってくれるねぇ~。こちらも色々あるんよ。」苦笑いを浮かべながら勇人は、ティーカップへ紅茶を注ぎ足した。

「所長…先ほどのお話は…」

モニターに残っていた片山が不安げな表情を浮かべながら問いかけてくる。

「うむ…やれそうかな?」

「はい。システム的には…ですが…大丈夫でしょうか?この無意識の情報は…」

勇人は二人のやりとりを怪訝そうに伺いながら紅茶を啜る。

「…いや、むしろ彼の導きやも知れん。…大丈夫、私は、直人を信頼している。」

「!!」思わず紅茶を吹き出しそうになるのを堪える勇人。

「な…直人だと!?コウ、お前…一体何を!?」藤川の口から飛び出した孫の名に、勇人は身を乗り出して喰いかかる。

「片山君…構わん、準備を進めてくれ。」

「…わかりました…。」片山は、勇人へ一礼すると、通信を切った。

「コウ…直人に何かあったら、お前でもタダでは済まさんぞ。」

疎遠になっているとはいえ、勇人は、直人のことは何かと気にかけていた。

藤川が、今回の問題解決に「インナーノーツ」を投入しようとしていることは、勇人にはおおよそ察しがついている。

世に明るみになっていない、IN-PSID最重要機密…勇人もまたその関係者の一人である。

「インナーノーツ」と<サイクラフト>…これは亡くなった息子で、直人の父、直哉の残した事業であり、勇人もそうした縁で陰から主に資金面などで協力をしてきた。

だが、直人が危険を伴う、その隊員となると聴かされた時には、藤川とは大いに揉めたものだ。最終的には、直人自身の意思を尊重する、という事で、渋々了承したのではあったが…その時の想いが、勇人の胸の内にジワジワと込み上げてくる。

…コウ…お前は直人をどうする気だ?

勇人の見開かれた二つの血走る眼が、藤川をじっと見据える…

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