11.無明の夜 −2

広域特捜部には、ここ一、二週間の間に日本各地で寄せられた捜索願の全情報が、列島地図とともにスクリーンいっぱいに展開されていた。そのプロット数は5000近くにのぼる。捜索願自体は、年間を通して一定数あるが、この短時間に常時の倍ほどに膨れ上がった捜索願の数は、何らかの事件性を帯びている事は明白だった。

「上杉さん、またですよ。」葛城は部屋に飛び込んで来るなり、新たに寄せられた届出のデータを自身の端末から地図に追加した。

「そうですか…」上杉は、それを確認することなく、黙々と自分の端末でバーチャルネットの掲示板サイトのページ(テキストデータ中心のページも変わらず存在している。)を淡々と読み進めている。

「やはり『オモトワ』ですか?」「ええ…限りなく黒、なのですがねぇ~。」

上杉は、光学ディスプレイ上で指を上にスワイプし、怪奇現象系の噂話の投稿ページを次々と送っていった。スレッドのタイトルは「オモトワのヤバい裏事情。死人召喚で神隠しにあう件。」となっている。バーチャルネット内では、どこでどう知り得たのか、ただの憶測なのか、既に「オモトワ」が失踪事件の主犯になっている。

「…最近、向かいの老夫婦の姿が見えない。一週間ほど前に挨拶をした時に「孫に会ってきた。」と笑顔を見せていたけど…確か震災で娘さん一家亡くなってたんじゃなかったかなぁ…」

上杉が指差す投稿を葛城は声に出して読み上げる。

「職場の同僚なんだけど無断欠勤4日目。20年前の震災孤児で、似た境遇だったから時々話することもあったんだけど…突然、死んだ家族に会えるとか言い出して。私も誘われたんだけど、なんだか怖くて断った…その翌日から出社してないんだ…上杉さん、これって?」

「ええ、20年前の震災…そして故人と逢えると…」

上杉はディスプレイの映像を切り替える。

表示されたのは「オモトワ」の公式サイトである。ポップなタイトルの下に<世界同時多発地震20周年 被災者キャンペーン実施中>のテロップが浮かび上がる。

「偶然にしては出来過ぎです。」

キャンペーンの開始時期は、ちょうど失踪事件が発覚した頃と重なる。

「しかし決定的な証拠がまだ何も掴めてませんからねぇ…失踪者が利用したという明確な痕跡はまだ何も…。」

「ええ、我々もあの彼の証言がなければ、オモトワにすらまだ行きついてなかったかもしれません。」

振り返る事二週間ほど前。

関東郊外のとある神社の階段下で、40代前後の男が頭部から出血して倒れているとの報せがあり、近隣住民の通報で近くの救急病院に搬入された。事件、事故の両面から捜査を行っていた警察は、やがて意識を回復したその男から事情を伺った。彼が、九州からの訪問者であったことから、広域特捜部の二人も立ち合ったのである。

調べに対し男は、20年前の震災で死別したはずの交際相手が、当時二人が暮らしていたこの近辺でまだ生きており、暮らしているという情報を得て、着の身着のまま尋ねて来たらしい。

だが、その相手の住所も連絡先もわかるはずもなく、震災前に度々二人で訪れることのあったその神社までやって来たのだが、急に眩暈を起こして階段から転げ落ちたということであった。

まるで何かに突き動かされるようにここまで来たものの、その間の記憶ははっきりしなかった。

何故か彼女の生存を頑なに信じていたため、広域の捜査官も彼の証言に基づいて生存確認を行うも、やはり20年前に彼女は、家族とともに震災で亡くなっていた。

何度かの心理療法を通して、ここへ来る少し前に「オモトワ」というサイトにアクセスして、そこから記憶が途切れているという証言をし出す。

彼らが「オモトワ」の調査を始めた同じ頃、失踪事件が頻発し出し、広域も調査応援に駆り出されるが、次第に失踪事件に関する証言と彼の証言との共通点から何らかの繋がりがあるのでは、との目星を付けていた。

上杉は、おもむろに席を立つ。

「あれ、これからお出掛けですか?」

「食事の約束がありましてね。直帰しますよ。」「はぁ…お、お疲れ様です…。」

人と食事の約束など珍しい。しかも、事件でごった返している最中に…まさか、女性?いやいや…まずあり得ない。

葛城は首をかしげながら、上杉の背中を見送った。

「ふぅ~食った食ったぁ。」ティムは満たされた腹をさすってみせる。

「よぉ~し!次行こ!次!」「悪りぃ、ちょいとこれから用事があってな。」まだまだ呑み足りないと言わんばかりのサニを軽くあしらうティム。

「はぁ?これからでしょ?やっとセンパイもエンジンかかってきたところなのに。」「あれがか?」直人は居酒屋の店先でうずくまっている。父親の話を始めた直人は、急に呑むピッチがあがり、肝心の父親の話は漫ろに普段からの愚痴やら真世への気持ち、劣等コンプレックスの曝露大会となってしまった。

普段、感情を表に出すことが苦手な直人は、酒が入ると溜め込んでいた想いを吐露してしまい、いつも後になって後悔する。何より歪みと回転に支配された視界は、気持ち悪さに拍車をかけていた。

「じゃあ、あとは二人でごゆっくり~。」ティムは二人に背中を向けると、そのまま夜の街へと歩み出す。

「あっ!もぅティム!」その背中を見送るサニ。しかし無理に呼び止める事はそれ以上しなかった。

「はぁ…しっかりしてくださぁい、センパイ。」サニは直人の目を覚まさせようと身体を揺する。「や…やめ…うぇっぷ」

揺すられて酔いが更に回る。気持ち悪さから逃れるように直人はよろけながら立ち上がる。

「ほら!もう一軒、付き合ってくださいよぉ~。」サニは直人の腕を掴むと強引に引っ張る。「わ…わかったから…やめ…」

サニに引きづられるように歩き出したその時、回る世界の視界の中に淡くポップなカラーに彩られた大型広告モニターが飛び込んでくる。

ーオ・モ・ト・ワ  想いは永遠にー

ー会えなくなったあの人

   ー亡くなった想い出の人

       ー逢いたい想いは変わらない

軽妙な音楽に乗せ次々とテロップと音声が流れていく。直人は思わずそのフレーズに見入って足を止めた。

ーここで逢える…きっとー

「オモ…トワ…?」直人の視線が、一点に集中する先をサニも追う。

「あー、アレ?センパイ、知らないんですかぁ?誰でも逢いたい人に会えるバーチャル体験ができるんですよぉ。」

「誰でも…?」「うん、もっぱら好きな人とか呼び出してヴァーチャルでアレやこれやするのが一番だけどねー。あ、わかった。真世さんでしょ?」サニはニヤニヤしながら直人の慌てふためく様を期待する。

「いや…死んだ人でも逢えるってホントかな…」「えっ?」

「…父さんに会えれば…」

伏せ目がちに呟く直人の横顔には深い哀しみのような陰を帯びている。サニは小一時間ほど前の会話を思い返した。

「確か、ナオのオヤジさんって、所長やチーフがJPSIOにいた頃、所長の部下でオレたちの乗ってるPSI クラフトの基本設計を完成させた人だろ?20年前の震災でその試作機を建造中に亡くなったって聞いてるぞ。」

ティムはインナーノーツ加入時の頃聴かされた話を思い出す。

「うん…20年前のあの震災の日、PSI クラフトの試作機を守ろうとして亡くなったらしい…。」

「ふーん、センパイはパパの後を継いだんだねぇ。」

「そんなカッコいいもんじゃないけど…。」

直人は並々と注がれた盃を一気に空ける。応じてサニは注ぎ足す。

「あの日…オレ達は家族で父さんに面会に行ってたんだ…4歳の頃だからほとんど記憶ないけど、ボンヤリ残ってる。…けど、父さんにはなかなか会えなくて…。」

直人はもう一口、注ぎ足された酒を啜ると話を続けた。

「オレは父さんに会いたくて、一人で研究室の方に向かったんだ。何回も行ってたから場所は知ってた。けどその時、揺れに襲われて…」

ティムとサニは身を乗り出して直人の話を伺う。

「…そこで記憶が途切れている…次に覚えているのは病院で目を覚ました時の事…」

そう、そこで真世に初めて会ったのだ。けれどその話を出せば、ネタにされるのは見えている。直人はそこで言葉を区切った。

「…まぁ、災難な話だが…もう20年も前の話だし…記憶も無いんだろ?なのに何故そのことが?…」

ティムは直人の話がどうも腑に落ちない。確かに被災者らが未だにPTSDや、PSI シンドロームに苦しんでいる話は良く聴いている。

だが、話から察するに直人は父親を亡くしたとは言え、その現場に立ち会ったわけでもなく、度々の検査でも直人からそういった症状は確認されていない。

「だから、オレにもよくわからないんだよ…。ただ父親の事を思い出そうとしたり、あの日の事を意識すると、何かこう、モヤモヤするっていうか…強烈な自己嫌悪だったり、落ち込んだり…とにかく、すごく嫌な気分になるんだ…。」

今もそうだと言わんばかりにグラスに残った焼酎のグラスを飲み干す。

「…どうしてか…死んでしまいたいとすら…思うこともある…」

哀しげに呟いた直人の言葉が、サニの脳裏でリフレインする。

「…慰めて、あげよっか?セ・ン・パ・イ?」

サニは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら直人の腕に自分の腕を絡める。いつもなら何かしら抵抗する直人が、すんなり自分を受け入れる。酔いのせいだけではないだろう、よっぽど精神的に参っているのだとサニにはわかる。

「行こ…」「うん…」直人はサニに導かれるまま、その身を彼女に任せた。

謁見の間の御簾の奥が、威厳に満ちた空気に打ち震える。老翁は平伏し、その御身が着座するのをただ静かに待つ。

「苅りは…順調のようで…あるな。」

御簾の奥から秋の木の葉がカサつくような声が問いかけてくる。

「…万事滞りなく…」

「うむ…うむ…。」

老翁はひれ伏したまま、喋るのも大儀そうにもぞもぞと口を動かす気配を感じ取る。

「…神子はどうなっている?いつ、ここに連れてくるのだ…と仰せです。」

御簾の脇に控えたうら若き青年が、彼らの主人の言葉を伝えた。前回謁見した時とは声が異なる。また別の青年であろう。感情というものは何一つ感じさせない、いや感情は剥奪されているのだ…。老翁は彼らの境遇を知っている。選ばれた者のみが存在を許され、選ばれなかった者は棄て去られる。全ては「御所様」のご意向のままに…

この世界も同じこと…老翁はその厳格な掟を噛み締めた。

「は、神取からの報告では、彼の地にて現在接触の機会を伺っているとの事…あれには3ヶ月の時間を与えております。その内には必ずや…」

「…そうか…」枯葉が御簾の奥で乾いた音を立てる。

「夢見共の申すには、「草」はこの日の本によく根付くと申します。目標の半数ほどは此度の「苅り場」で苅りとれましょう…」

「うむ…うむ…」

「…憐れ…憐れよ…」青年が主人の言葉を伝える。

「…御所様のご慈悲なればどうか御心を安んじられませ。」

「其方に全て任せる…良きに取り計らえ。」

御簾の奥の陰は、青年の口を借り意向を伝える。

「ははぁ…」老翁は更に深々と頭を下げる。

その間に御簾の奥の空気は元の落ち着きを取り戻していった。老翁は、その気配の変化を感じとり、静かに頭を上げる。

老翁は程なくして、謁見の間を後にした。

「長、例の苅り場…どうやら警察の方でも嗅ぎつけたようです。」

廊下の影に控えていた男が老翁に声をかける。黒のシャツと黒のスラックスというシンプルな服装に身を固めて正座し、夜陰と一体となっている。

「そうか…想定より早いな…ふふ、連中の中にも知恵の回る者が居るようだ。」

「主な捜査員は特定できています。圧力をかけますか?」

「いや…よい、捨て置け。」「よろしいのですか?」

警察を意のままに動かすなど、彼らにとっては造作もない事であった。老翁の命が下れば、直ちに警察の動きを抑える準備も整えている。

「彼らは劇を締めくくる大事な役者だ。なに、幕引きの筋書きはできておる。お前達は手筈どおり事を運べ。」

「はっ!」男は老翁の計略に敬服するようにこうべを垂れると夜陰に紛れ姿を消した。

老翁は廊下を伝い、そのまま縁側へと出る。

月明りが枯山水の庭園を青白く浮かび上がらせていた。

「三日月か…」

晴れ渡った空にぽっかりと浮かぶ三日月を老翁は目を細めて見上げた。

月は闇によって切り取られる…そう、ひとつの「破壊」を経て優美な三日月の姿を現わす。老翁は、そこに美の根本原理を感じずにはいられない。

秩序ある破壊こそが、新たな命を生み、美を創造するのである…それらは、切っても切れない表裏の関係で成り立っているのだ…

「なればこそ、其方は美しい…。」

白銀の月の光が老翁へと注ぎ込む。老翁は、しばしその場で月を見上げたまま、その大いなる祝福が全身に満ちていくのをただひたすらに感じていた。

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