10.想いは永遠に −1

小綺麗に片付いている縦長の1DKの部屋の中で、洗濯物を詰め込んだ籠がその存在をやけに主張した。
薄暗く締め切り、蒸した部屋には生乾きで放置されたその洗濯物からであろう、不快な雑菌臭がその男の鼻腔をくすぐった。
その脇にはアイロン台と電源の切れたアイロンが放置されたままとなっている。

男はさらに部屋の奥へと進むと戸棚のディスプレイグラス(ガラス面に映像が投影される)に数枚の写真がスライドショーで繰り返し映し出されるのに気付く。

彼は40代前半であるが、細身の引き締まった身体付きから実年齢より若く見える。
暑そうに第2ボタンまで開けた白い半袖のワイシャツの胸元を空気を送り込むようにパタパタとさせながら、そのディスプレイグラスを訝しげに覗きこんだ。

「…この方が、お姉さん?」

「え…えぇ…。」男の作ったような神妙な面持ちの問いかけに、後ろに続いて部屋に入って来た小柄な女性が力無く返事を返した。

写真の中のその女性は、静かな微笑みを湛えて男を見つめ返してくる。どこか淋しげな微笑みだと男は感じた。
家族だろうか?30代後半くらいの夫婦らしい男女が、彼女を包み込むように囲んで微笑んでいる。どことなく彼女と似た雰囲気だ。

「こちらは…ご親戚?」

「さ…さぁ…お話しましたが、私達は20年前のあの震災の後、児童施設で育ったので…姉以外身寄りもありません…。」

小柄な女性は、写真を呆然と見つめながら答えた。

「宮原さん。もう一度確認しますが…。」

宮原と呼ばれたその小柄な女性に続き、部屋に入ってきたのは中肉中背の50代中ほどの男性。着用したグレーのサマースーツと紺にストライプのネクタイは、猛暑の中にも関わらず、少しも乱れたところがない。

「お姉さんと最後に連絡を取り合ったのが一昨日。18時に会う約束をしていた。ところが、待ち合わせの場所で待つも、お姉さんは現れず連絡もつかなくなった…。」

スーツ姿の男は、部屋を観察するように見渡しながら言葉を続けた。

「心配になった貴女はその足でこの部屋を訪ね、合鍵で部屋に入るが、このとおりもぬけの殻…。それですぐに捜索願を出した…と?」

部屋は昨日のままにしていると前もって聞いている。争った形跡もない。
果たして失踪を届け出るような事態なのか?と確認するような目で、その男は宮原に回答を求めた。

「はい。姉は几帳面な性格でちょっと外出するにも片付けを済ませる人です。それが…」

出しっ放しの洗濯物、その片付けが済んだら一息いれるつもりだったのか、カウンターの上に置かれた湯沸かしポットが冷めきった水で満たされているのに長身の男が気づき、スーツ姿の男にポットの蓋を開けて中身を確認させる。

「なるほど…。」

スーツ姿の男は、部屋の奥へと進み、戸棚に映し出される写真を眺めた。

「愛奈さん、最近のお姉さん…香奈さんに何か変わった事はなかったですか?」

長身の男が捜索願の依頼主、宮原愛奈に尋ねる。

「…これといって…。」愛奈は俯き気味で答える。

「そうですか…。」長身の男は、スーツ姿の男が観察している戸棚の写真の方へと向き直る。愛奈もそれに釣られるように写真へと目をやった。
見慣れない男女に囲まれ微笑む香奈。
底知れない違和感と共に妙な懐かしさも感じるその写真に愛奈の記憶が呼び起こされる。

「…そういえば…」

その言葉に、二人の男達は愛奈の方へと振り返る。

「待ち合わせの電話で、変な事を聞かれました。」

「変な事?」スーツ姿の男が続けるように促す。

「はい。…パパとママに逢いたいか…と…。」

「亡くなったご両親に?」長身の男は顔をしかめ、その答えを求めるかのようにスーツ姿の男の方へと向き直った。

「えぇ…一体どういう意味なのか…。」愛奈もスーツ姿の男が答えを解き明かしてくれる事を期待するかのように、彼の方へ問いかける。

「確かに、妙ですねぇ…」スーツ姿の男は、戸棚の前にしゃがみこみ、愛奈の方へ振り返りもせず黙々と写真を観察し続けていた。

「上杉さん?」

上杉と呼ばれたそのスーツ姿の男は、写真の中の何かにふと目を留める。

「葛城くん!これを。」

上杉は、写真の下方、ディスプレイの縁に半分ほど隠れた薄い文字を指差す。葛城は屈みこむと、その文字を声に出して読み上げていく。

「O、MO、T…」

葛城の肩越しに、不安げな表情で愛奈もその文字を覗き込んだ。

「『オモトワ』!」その文字が何を意味するのか、すぐに読み取った葛城は、声を張り上げる。

「上杉さん…。」当たりと言わんばかりの表情を浮かべる葛城。

上杉は、写真をもう一度、一瞥するとスッと立ち上がる。

「えぇ。…やはり無関係では無さそうですねぇ。」

「右舷後方、座標5-4-1に波動収束反応確認!エレメンタルクラスター数4!」

「トランサーディコイ射出準備!」

「…」

「どうした、ナオ!?復唱!」

「ト…トランサーディコイ射出準備!」

「誘導座標1-2-1 速力20!ってぇ!」

「トランサーディコイ発射!」

カミラの発令に直人がトランサーディコイを射出すると同時にエレメンタルクラスター(波動収束体)が後方から前方の方へと遠ざかっていく航跡が、<アマテラス>のブリッジ右舷側のモニターに描かれていく。

ズゥゥン!!

<アマテラス>の右舷を掠めたエレメンタルの衝撃波がブリッジに響いた。

「右舷後方ウイング、エレメンタルと接触!
PSIバリア0.5%消耗、損害なし。」

アランは淡々と被害状況を報告する。

「ナオ、また発射タイミングが遅れてる!もっと集中して!」

「…す、すみません。」

カミラは短く直人に注意を促すとブリッジ前方モニターに視線を戻す。

ディコイに誘導されたエレメンタル群が一箇所に集まっていくのが見える。

「よし、追い込んだ!ティム、目標を追跡!」

「了解!」

目標の追跡に入る<アマテラス>。

ビー!ビー!ビー!ビー!

その時、突如、警告アラームが鳴り響く。

「前方!新たに収束反応!収束率77%!」

一箇所に集まったエレメンタルクラスターはその収束場にたちまち捕らえられ、その場にそれらを吸収しながら急速に巨大なエネルギー乱流が立ち上る。

「来たわね…」

カミラは鋭い眼差しで前方のモニターに映し出されたそのエネルギーの渦を睨める。
そのモニターに、通信ウィンドウが立ち上がり、IMCに詰めた東がブリッジを覗き込む。

「インナーノーツ。今回のメインプログラムの準備ができた。亜夢のミッションで遭遇した「メルジーネ」のデータから構成した模擬エレメンタルだ。」

東の説明に伴いエネルギー乱流は次第に「メルジーネ」の形容を創り出す。

「今回の訓練の目的は、ようやく搭載が完了した船首装備『PSI波動共振場輻射機』…通称『PSI 波動砲』のテスト、及び調整データの取得にある。」

訓練目的、及び新装備「PSI 波動砲」に関する説明は、訓練開始前のブリーフィングで予め説明済みだが、東はインナーノーツに再認識を促すべく繰り返し説明をする。

インナーミッションの主な処理対象となる波動収束体(PSI Elemental Cluster Ψエレメンタルクラスター :霊的存在単位)は、様々な存在情報(この世における分子に比定される)の集合体であり、その集合体も固有波長=PSIパルスを持つ。「PSI 波動砲」はこのPSI パルスと同位相の空間振動場(PSIバリアを偏向させる)をアマテラス船首の二基の突起スリット間に形成し、二機の<アマテラス>主機関より発生させたPSI素子圧縮弾をその振動場に解放、船首前方でターゲットと同周波数を有するエネルギー弾に変容させ、そのままターゲットに打ち込む事で、さながら共振破壊のような効果を得る。

ターゲットは次元波動共振を引き起こすことにより、波動収束フィールドに実体化した一部から存在する次元全てに連鎖反応を起こし、理論上、個としての最小の情報単位にまで分解するという。その効果は、ターゲットとのシンクロ(波動フィールド収束率)により決まる共振率しだいではあるが、不滅とされる魂にも分裂や変容を促す恐れがあるため、対人ミッションでの使用は限りなく制限せざるを得ない。
しかし、亜夢のミッションから「サラマンダー」「メルジーネ」のようなインナースペース深奥の集合無意識域からの限りないエネルギー供給によって生み出される存在と渡り合う必要が認識された以上、「PSI波動砲」はそれらに対抗しうる切り札として位置付けられ、当初の計画を後ろ倒ししつつも、強化改良が加えられ、ようやく実装へと漕ぎ着けたのであった。

「インナースペースの変動状況からも、今後益々、厳しい局面が予想される。『PSI波動砲』は使いようによっては強力な武器になるはずだ。」

声を張る東の傍らから藤川が補足する。

「反面、扱いも難しい。使い所を見極め、ターゲットとの同調を的確に抑えなければ、諸刃の剣ともなりかねない。訓練とは言え、細心の注意をもって当たってくれ。」

「おい、ティム!」

「PSI波動砲」のテストということで立ち会っているアルベルトが、藤川の肩越しに口を挟んで来た。

「『PSI 波動砲』の最終ターゲティングは直人に委ねるが、射線上に捉えるまではお前の仕事だ。その間、機関は砲へのエネルギー充填の為、出力が制限される。その事を頭に叩き込んでおくようにな!」

「心得てますって、おやっさん。」ティムは軽い口調で返しながら、「きっちりアシストするぜ、ナオ。」と直人に目配せする。

「…」

「?…ナオ?」

「あ…あぁ…。」ティムの声が届いていなかったのか、直人はそぞろに返事を返す。ティムは何処となく虚ろな直人の瞳を怪訝そうに窺った。

「それでは開始するぞ。アイリーン!」

東の発令を受け、アイリーンが模擬エレメンタルのメルジーネに動作プログラムを展開させていくと、再びその身を蛇のように変容させ、螺旋の雲を描きながら上昇し、巨大な積乱雲へと成長していった。

「この間のミッションの再現ってわけね。」

ティムはその光景に先日のミッションの記憶を重ねる。

「あの雲を『PSI波動砲』で薙ぎ祓い、低気圧の中心へ侵入する。」

カミラはテスト目標を明示した。

「はぁ、この間コレが間に合ってればあんな苦労しなくて良かったのねぇ〜。」

サニはわざとらしく、アルベルトに聴こえるように、嘯く。

「おいコラ!こっちもカツカツでやってんだ!それに加え、あの時の段階からも更にだな…!」

「まあまあ…。」憤慨するアルベルトを藤川は制する。

「どちらにせよ、亜夢の心身への影響を考慮すれば、コレを使用出来たかわからんよ。」

「えぇ〜。」期待外れと言わんばかりに顔を歪めるサニ。モニターに食ってかかりそうになっているアルベルトを藤川が宥めている。

「部長、所長すみません!サニもクダ巻いてないでさっさとターゲットへの接近進路分析にかかって!」

その場を治めるようにカミラはサニに厳しい口調で命じた。サニは口元に笑みを滲ませながら、カミラの命に従う。

「ったく、おやっさんもすぐ焚きつけられんだから…なぁ。」

ティムが苦笑を浮かべながら直人に同意を求めた。「はは…」直人も苦笑で返すしかない。今のやりとりで幾分、直人の顔に生気が戻ったように感じる。
さては…と、ティムはサニの方にチラッと目を向けた。何食わぬ顔でレーダー分析に当たっている。ティムは、軽く微笑みを漏らすと正面のモニターに向き直った。

程なくサニの進路分析が完了する。
ティムは『PSI 波動砲』の有効射程圏内に向け船を走らせた。

IN-PSID中枢区画と長期療養施設の中程には広々としたプライベート・ガーデンが設けられている。元々、鳥海山麓の森林地帯の一角をなす森が広がっていたが、これを活かしながら整備されたこの庭は、PSIシンドローム長期療養者にとっては、長い療養生活のオワシスとなっていた。(IN-PSIDの職員も、結界によるセキュリティチェックを通れば誰でも立ち入り可であり、また療養者の家族なども許可を得れば立ち入りできる。)

6月に入り夏真っ盛りの昼下がり。
燦然と輝く太陽の光にも、この庭の木々が適度な木陰を作り、日本海から吹き付ける、べとつくような潮風にすら清涼感を与えていた。

ガーデンの中央に引き込まれた小川や、そこから分水された水のモニュメントには、療養中の子供たち、あるいは療養者家族の子供たちが一緒になって水遊びを楽しんでいる。

「すっかり夏ね。ママ、暑くない?」

「大丈夫。風が心地いいわ。」

真世は、ガーデン沿いを弧を描いて囲うように設けられた、療養施設のテラスに母、実世を連れ出した。
実世の乗った車椅子をゆっくりと押しながら、真世は深緑に色づいた樹木や、薄紫やピンクの紫陽花を母と一緒に楽しんでいる。

「おや、これは院長先生の…?」

不意に声を掛けられ、真世は顔を上げた。

「あら、神取先生?」

3週間ほど前、IN-PSID附属病院に受け入れた医師、神取。真世も彼の着任当日、案内したきりで、顔を合わせるのは二度目だ。
私物らしき荷物を乗せた台車を転がしている。

「えぇと…真世さん?」

「あ、はい。真世です。覚えててくださったんですね。」

真世は声を弾ませて応えた。

「あぁ…よかった。間違ってなくて。そちらの方はもしや…?」

神取はやや顔を綻ばせ、柔和な表情を作りながら訊ねる。

「真世の母の実世です。はじめまして、神取先生。」

実世は静かに微笑みながら挨拶する。神取は「はじめまして。院長先生には大変お世話になっております。」と軽く会釈を伴いながら挨拶を返した。

神取の真新しい夏用のスタッフユニフォームの青が夏の日差しに映える。

「うちのユニフォーム…なかなか似合ってますよ。先生もこちらに?」

このユニフォームは、PSI シンドロームに対する軽防護服の機能を備えており、療養施設に勤務するスタッフは、このユニフォームの着用を義務付けられている。附属病院の方は着用規定は無かったので、神取にユニフォームが支給されたというとは、神取の研修エリアがこの療養施設になった事を意味していた。

「えぇ。もう少し早くこちらの研修に入れる予定だったのですが…向こう(附属病院)の方も人手が足りていないらしく…。」

「先生が優秀だからですよ。祖母も神取先生が来てくれて助かってるとよく言ってました。」

「いえいえ…。」神取は謙遜した様子で軽く俯いた。

「お母様との時間に水を差してしまいましたね。まだ荷物の移動があるので…いずれまた。」

神取はもう一度、軽く会釈する。真世と実世が同じく会釈で応えると神取はその場を後にした。すれ違いざま、真世の足元が陽炎のように僅かに揺らめく。

……引き続き、監視を怠るな…

…心得ております…旦那様…

「目標まで相対距離40!有効射程圏内到達まであと10!」

インナースペースに構築されたシミュレーション空間全域は、メルジーネによって生み出された低気圧により暴風に包まれる。

ティムは、その気流に波乗りするが如く、船を滑らせる。低気圧を中心に螺旋を描くように旋回しながら目標へと接近する。

「これより『PSI波動砲』発射シーケンスに入る。」

カミラは凛として顔を上げ、宣言した。

「ティム。機関出力低下に備えて。このまま気流の流れに乗って目標へ接近。有効射程域で回頭よ。」

「了解!」

「チャージバイパス開放!PSI波動砲エネルギーチャージ開始!」

「エネルギーチャージ開始。」アランは復唱と共に機関稼動を『PSI波動砲』発射に向け切り替える。収束していく機関音がブリッジに伝わると同時に、船体が大きく揺れ始める。推進力の低下した<アマテラス>は、暴風に煽られながら低気圧の作り出す気流の渦に飲み込まれていく。

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