7.サルベージ −1

昨晩までの快晴は絶え、今朝方から空には暗雲が垂れ込め始めシトシトと雨も降りだす。

インナーノーツは、早朝の呼び出しに応じインナーミッションコントロールセンター(IMC)に集まってきていた。

専用エレベーターの扉が開く。

「もぅ〜土曜の朝よ。今日は休みの予定じゃなかったぁ〜。」

眠そうな顔で文句を垂れながらサニが入室する。

「爽やかな出勤ね、サニ。」

サニの緊張感のない態度を皮肉るカミラに「恐れ入りま〜す、隊長どの!」と、サニはおどけた敬礼で返す。
カミラは呆れのため息が出るばかりだ。

サニが室内を見渡すと、IMCにいるのはインナーノーツの4人と田中、アイリーンのみ。
藤川所長と東ミッションチーフはまだのようだ。

「あっ!センパイおっはよ!」

室内に直人の姿を見つけたサニは、態度をコロっと変えて小走りで直人に近づく。何故かやたらと愛想のいい笑顔を直人に見せる。

「お、おはよ。サニ。」不気味だ…。
後ずさりする直人に、猫が擦り寄るように距離を縮めるサニ。下から覗き込むようにして直人を見上げた。

「…へへぇ〜。センパイ、やっぱりドMなんだからぁ。」耳打ちするように直人の小声で囁く。

「な…なんだよ、いきなり!?」
サニの言葉に動揺する直人。

「もぉ〜バーチャルくらい正直になればもっと可愛いのに。」

サニは独り言のように呟く。

「バ…バーチャル??」直人には全く意味不明だったが、それを傍で聞いていたティムには、サニが夕べ何をしていたか、おおよそ見当がついた。

「うんん、なんでもない。今度はリアルで…ね!」サニは直人に腕を絡めながら、企みに満ちた笑みを直人に見せる。直人は背中で冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。
どう弄ぼうか舌舐めずりしている猫を前に硬直しているネズミ…ティムには二人がそのようにみえる。

再度エレベーターが開き、藤川らが入室して来る。

「待たせたな。」

そう言いながら入室してくる藤川の後に東、そしてもう一人。その人影の姿を認めた直人は咄嗟にサニに絡め取られた腕を抜き、彼女から距離をとった。

「えっ、何よ!…あっ。」サニは直人の行動に不快を示すも、すぐにその理由を理解した。

「おはようございます。」挨拶をしながら入室して来たのは真世だ。

真世は室内に直人の姿を認めると、笑顔で軽く手を振って来る。直人も同じようにして応える。

「なんなの、アレ?」蔑むような視線を二人に送りながら、ブスっとなるサニ。

「ハハ、お前の負けだな。サニ。」

サニの肩をポンと叩きながらティムがなだめるように言う。

「アンタ、なんかしてやった?」

「さあてね。」突っかかるサニにトボけて返すティム。

「皆、聴いてくれ。」東が切り出す。

「今日から対人ミッション時の生体モニタリング、及び生体維持装置担当オペレーターとして、真世に入ってもらう。」

「元々、医療スタッフから一人、アサインする予定だったのだが…生憎、人手不足でこちらに人を回す余裕が無いと言われてな…」

東がそこまで言うと、藤川が説明を引き継ぐ。

「今しがた貴美子と相談して、急遽、真世に決定した。貴美子についてオペレーター業務の基礎は学んでいる。あとは実践で覚えてもらう。皆、すまんがサポートを頼む。」

現在、IN-PSID附属病院のPSIシンドローム心理療法士として働く一方、その傍らで貴美子の指導するPSI特殊医療研修プログラムにも参加していた。これは対人インナーミッションオペレーター育成の目的も兼ねており、これにより真世はオペレーター資格も有していたため、貴美子が推挙した。(法制化が進んでいないIN-PSID独自の先端医療、技術、インナーミッションに関しては、所内ガイドラインを設け、役職に関しても独自資格を設定している。IN-PSIDのガイドライン、資格制度は上位機関の国連PSI利用安全保障会議の承認に基づき施行されている。)

「真世。」藤川に促され真世が一同の前に進み出る。

「えっと…まだわからない事だらけでご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします。」

軽く会釈して挨拶を終える真世に一同は歓迎の拍手で応えた。

「真世、君の席はそこだ。」

東が促すと、真世は「はい。」と応え、その席に着く。

「所長、貴美子先生は?」

カミラがふと訊ねる。初回ミッションの成功は貴美子のサポートもあっての事だ。

「貴美子もミッションのたびに病院の方を空けられないからな…。当面は貴美子にもモニタリング情報を送り、真世をサポートしてもらう。」

なるほど、これは今後、増加するであろうインナーミッション、特に緊急ミッションに対する布石でもあるのだ。カミラはそう理解した。
現在、医療部門だけでなく、各部署でインナーミッションに対応できる養成コースを開き、オペレーター候補生やインナーノーツ候補生、技術者を育成している。
真世のように短期間で養成したオペレーターを専門部署との連携でサポートしながらシフト化して回す。
インナーノーツも合わせて交代制になっていくのだろう。
カミラは藤川の構想を朧気ながら理解すると共に、インナーミッションの重要度が増していることを改めて認識する。

「さて、新人の紹介が済んだところで本題だ。こちらを見てくれ。」

東はIMC中央の卓状モニターに今回のミッション対象者のカルテを表示させる。

「既に連絡しているとおり、今回の対象者はファーストミッションと同様、亜夢だ。」

亜夢のカルテは、前回ミッションの後、更新されている。写真も虚ろに目を開いたものに変更されていた。

「真世、彼女の受け入れ準備は?」

「完了しています。」

「よし、こちらに揚げてくれ。」

「あ、はい。えっと…」

真世のオペレーター初仕事は、亜夢のIMCへの受け入れ作業となった。隣席のアイリーンが戸惑っている真世の操作のサポートをする。

その間、東の説明が続く。

「昨日、亜夢は集中治療室から療養施設の病棟に移されたが、午後7時過ぎ頃、病室近くの廊下で倒れていたところを発見。」

直人は昨夜の出来事を思い出す。
東は直人と亜夢の邂逅については、触れなかった。

「急性的なPSIパルスショック反応が見られた為、直ちに集中治療室へ戻し、鎮静化処置を実施。今のところ症状は安定している。」

「だが…」東の表情が生硬になる。

その時、亜夢を収容した結界保護カプセルがIMCの室内にせり上がってきた。

六角形のIMCフロアは二段構造になっており、北側半分を占める上段がオペレーションブース、南側半分の下段は、大型モニター類と各種分析設備エリアとなっており、対人ミッション時は、対象者受け入れ区画としても使用される。
亜夢のカプセルはその受け入れ対象区画の中程に固定され、南側の区画全体を覆う結界が稼動を始めた。

「その後、亜夢のバイタル反応は徐々に低下し、回復の兆しが見えない。医療部門の診断によれば、このままバイタルが低下し続ければ、再び昏睡に陥るか、最悪の場合、死に至る可能性が高い。」

「そんな…。」カミラは顔を曇らせる。隊員達も同様だ。

「インナーチャイルドだ。」

藤川が言葉を挟む。

「えっ!?」その言葉にその場の視線が藤川に集まる。

卓状モニターに藤川が昨夜のうちにまとめた亜夢の心身状態を示す図が表示される。

「前回のミッションでは、インナーチャイルド…「サラマンダー」を鎮静化させ、心身の崩壊を防いだ…だがこの「サラマンダー」も彼女の魂の一部。このエネルギーが弱まった為、肉体を維持できるだけの魂の力が弱まったと見ている。集中治療室にいる間は、生体維持の処置を継続していた為に、かろうじて症状が抑えられていたのだろう。」

「待ってくれ!それじゃあオレ達のミッションのせいでって事か?」

ティムが噛み付くように訊き返す。

「やめろ、ティム。」

そう諌めるアランの顔にも険しさが滲み出ている。

一方で昨夜の出来事を思い返す直人。
もしかしたら、原因の一端は自分にも…。
直人は俯き加減に視線を逸らす。

その先に、心配そうに様子を伺い見ている真世に気づく。真世も直人の視線に気づいて、直人を見つめ返し、笑顔を作る。

…大丈夫。風間くんのせいじゃない…

直人は真世がそう言っているように感じ、頷き返すと顔を上げた。

「あのミッションは必要だった。現に彼女はそれで命をつないだ。だが、それだけでは不十分だった、私はそう思う。」

藤川の言葉にインナーノーツは冷静さを取り戻した。

「所長、では今回のミッションは?私達はどうすれば?」

カミラは静かに藤川に説明を求めた。

「うむ…。」藤川は準備していたデータを卓状モニターに表示させる。PSI パルスの波形データだ。

「亜夢が倒れた直後に測定されたPSI パルス…まぁ、これがショック症状を引き起こした原因だが…見たまえ。」

藤川はもう一つ別のPSI パルスデータを提示し、モニターの中で二つを重ねた。二つはほぼ完全に一致した。

「前回ミッションの際に採取された「サラマンダー」のPSI パルスだ。亜夢の深層無意識には、まだ「サラマンダー」が生きている証拠だ。」

ファーストミッションの後、「サラマンダー」のPSIパルスは鳴りを潜め、鎮静化と共に表層意識に取り込まれたと考えられていた。現象界からの観測限界であったとはいえ、それは希望的観測だったのである。

「この「サラマンダー」を表層無意識にサルベージする。」

「サルベージ!?」

インナーノーツに動揺が走る。
亜夢の肉体が、「サラマンダー」の生命力を必要としているのであれば、確かにそれを引き揚げるのは理にかなっている。だが…

「無茶です!そんな事をすれば、それこそ彼女は…」

カミラは咄嗟に反論する。ファーストミッションでは、「サラマンダー」が表層無意識を侵食しながら表出しようとして、心身崩壊の危機を招いていた。それを間近で目撃し、阻止した彼女達にしてみれば、受け入れ難い話だ。

「まあ聴いてくれ。」カミラを制し、藤川は説明を続ける。

「無論、あの「サラマンダー」をそのまま表層無意識に引っ張りあげてしまっては元も子もない。特に問題となるのがあの炎だ。」

藤川は卓状モニターの表示を切り替える。
亜夢のインナースペースを模式化した図が現れた。

「前回ミッションの解析で、あの炎は集合無意識とインナーチャイルドの感応から生み出されている事は判明している。だが、状況からみて現状この力は弱まっている可能性が高い。…これは前回ミッションの成果だろう。」

その様子を模式図は「サラマンダー」の図表の発光を暗転させて示す。

「推測の域を出ないが、力が弱まった「サラマンダー」は、本来の「インナーチャイルド」に近い状態に戻っているはずだ。」

「なるほど、つまりその本来の「インナーチャイルド」を表層無意識に引っ張りあげるという事ですね。」

カミラは藤川の意図をようやく理解した。

「うむ。私は亜夢の昏睡はそもそも、「サラマンダー」の心身をも壊しかねない強すぎる生命力に対する、表層無意識の防衛反応が引き起こしたものと見ている。だが、それが今は過剰防衛となってしまった…。」

「要はそのバランスを取り戻させる、という事っすか?」

ティムが要点を上手くまとめる。

「そのとおり。今回のミッションのポイントはまさにそこだ。」

藤川は、そこで一旦区切ると、東に説明を譲る。

「では、具体的なミッションプランを説明する。」

卓状の模式図に<アマテラス>を示すオブジェクトが表示される。

「まずは前回同様、表層無意識のPSI パルスとリンクしながら、「サラマンダー」が潜んでいた深層無意識の座標へ向かう。」

東が手にしたポインターを動かすと、模式図内の<アマテラス>が移動していく。

「だが、おそらくここに「サラマンダー」はもう居ない。個としての形質を失いかけ、個体無意識域の更に高次元の集合無意識域に近い時空間を漂っているものと推測される。」

「この宙域で、亜夢の生体反応から合成したPSI パルスを使って、誘導パルスを放射。これで「サラマンダー」を引き寄せる。」

説明に合わせて、東はポインターで一手一手、模式図で示す。

「ヤツが喰らい付いたら、「インナーチャイルド」のPSI パルスのみを検出し、表層意識からこちらに同調をシフト。インナーチャイルドとの同調を維持したまま時空間転移で一気に表層無意識に引き揚げる。」

東がポインターを上方に引き揚げる動作をすると、モニター内の<アマテラス>を咥え込んだ「インナーチャイルド」が、「表層無意識」と表示されたエリアに跳ね上がった。

「まるで釣りだな、こりゃ…。」

その様子を見ていたティムが苦笑いを浮かべながら呟く。

「なに、それじゃアタシ達は餌ぁ?」

「そんなところだ。」と口を尖らせるサニに東は、ニコリともせず応える。

「ただし餌は獲物に喰い尽くされてはいかん。そして、同時に喰らい付いた獲物を守る盾ともなる必要がある。」

「盾?」直人が呟くように訊ねる。

「現象界からでは、「サラマンダー」の状況が確認できない上、引き揚げの際に表層無意識からの何らかの抵抗も予想される。<アマテラス>は表層無意識に上がった「インナーチャイルド」が安定するまで留まり、表層無意識の抵抗から「インナーチャイルド」を守り通すのだ。」

東はそこまで説明すると、質問を求めるようにインナーノーツを見据える。

「もし、安定しない場合は…?」

アランの問いに藤川が答える。

「そこは亜夢の心次第だ…。残念だがそれ以上は我々は介入できない。<アマテラス>の活動限界に達するまで、安定が認められない場合はインナーチャイルドとの同調を解除して帰投してくれたまえ。」

インナーノーツに緊張が走る。

「わかりました。」
状況によっては非情な決断も下さねばならない…カミラは覚悟と共に短く答えた。

「よし、それでは直ちに出動だ!」

「はい!インナーノーツ出動します!」

カミラが復唱し終えると、インナーノーツは直ちに<アマテラス>への直通エレベーターに駆け込む。

その時、直人はふと、また昨晩感じた奇妙な気配を感じ、思わずエレベーターの前で立ち止まった。

そちらに目を向けると、何やら白いモヤのようなものが翻った。
着物だ…白い着物を纏った髪の長い何者かの姿が一瞬目に留まる。

視線に気付いた其の者が振り返る。
が、その顔は、真世だった。
直人が見た白い着物の像は、もう見えない。
真世は不思議そうに直人を見つめ返している。

「セ・ン・パ・イ。」

背中に何かが突き当たる感触と、その冷ややかな言葉にハッとなる直人。

指で直人の背中をツンツンと突きながら、直人に邪魔される形になったサニが、背後で目を釣り上げている。

「もぅ!見とれてないで早く!」

「ご、ごめん!」

その様子を微笑ましく見つめる真世。
直人には、その微笑みが「頑張ってね。」と励ましを送っているように感じ、微笑み返す。

直人とサニを迎え入れると、間も無くエレベーターの扉が閉まり、インナーノーツは地下の<アマテラス>へと向かう。

その扉を見送る暗い視線には、IMCに残る誰も気づかない。

…まったく…感のいい坊やだよ…

其の者は真世に重なったまま、辺りを見渡した。

…だが、この娘に憑いて大当たり…

その視線は、眼下の亜夢に向けられる。
亜夢は一見、安らかな眠りについている。

…ふふふ…見つけましたよ…旦那様…

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