4.目覚めし者 −2

<アマテラス>ブリッジの正面モニターに、おぼろげに姿を現わすその者。

「マジ…」

その異様の姿に口を覆い、嫌悪感を顕にするサニ。
<アマテラス>のクルー全員がその姿に目を奪われる。

膨れ上がった頭部のような球体には半開きの眼…
その先には脊椎が丸みを帯びて伸び、先端を尻尾のように丸めている。その側面から伸びる未発達の手足…水掻きが残るその手が何かを掴み取ろうとするたび、<アマテラス>を襲ってきた熱の塊が飛び散り、またその鼓動は時空間を震わす衝撃波を生み出していた。

未成熟な胎児そのものだ…
その身からは生命エネルギーのオーラとでも言うのか、自身の身をも焼き尽くすかの如き炎を纏っている。
成長過程のようだがその像は安定しない。
時折り、さらに未熟な両生類や爬虫類のような像も重なる。

「サラマンダー…」

カミラはその姿に16世紀の錬金術師、パラケルススが説いた四大精霊のうちの火の精霊を重ねずにはいられなかった。

カミラがそう認識したのも無理はない。
<アマテラス>のPSI Linkシステムによって構成されたその像ではあるが、膨大な意識化データの集合体であるその者は、古より人が「火の精霊」と意識するものの特性を有しているのであろう。

「ターゲットの解析完了!やはりあれが強制覚醒を引き起こしているとみて間違いない。」

アランが報告する。

「あの炎はこの深層無意識がさらに高次元の集合無意識から抽出し溜め込んだエネルギーだ。やりあってもまともに太刀打ちできない。」

「あの気色悪い赤ん坊は何なの!?」

サニが語気荒くアランに問う。

「…やはり…」

カミラもアランに答えを求める。
アランはカミラに軽く首を振ると、分析結果を解説する。

「PSI パターンの表層との類似性がある程度認められる。未熟なまま深層無意識に封じられたインナーチャイルドの類と推定されるが…」

「表層無意識がこのインナーチャイルドを封じ込めている理由はわからない…」

カミラが続ける。

「…けど、この深層無意識をそのまま表に出すわけにはいかないわね。アラン、アレを鎮めるプランは?」

「表層無意識のPSIパルスと最大同調させたブラスターを撃ち込む。それで表層と深層の同調を回復させ、深層無意識を再び心の配下に置く事ができるはずだ!」

ガゥゥゥン
ブリッジに衝撃が走る。

再び熱線の束が襲い来る。
先程から「赤ん坊」は<アマテラス>の気配に敏感になってきたのか、「攻撃」の手を強めてきた。
衝撃波も絶えず繰り返され、回避行動も困難な状況で、紙一重の回避行動を繰り返す<アマテラス>。
シールドで防ぎながらも被弾を免れない。

「どうでもいいけど!早く頼むぜ!」

そう言いながら次弾の回避操作をするティム。
余裕ぶったティムの口調にも疲れが見え始めている。

「アラン、鎮静化に必要な同調率はシミュレートできてる?」

「ああ、80%以上あれば何とかなる。現在72%…残り8%は直人次第だ。」

「イケるわね。ナオ!」

「やってみます!」

とだけ、直人は即答した。

「あとはあの炎ね…。」

その「赤ん坊」を取り巻く炎は、あたかも回る炎の剣となって楽園を守護するが如く、一層の煌めきを増していた。

ー処女懐胎ー

貴美子の脳裏にふとその言葉が浮かぶ。
今、まさにその現象が目の前で起こりつつある…

亜夢の肉体は反応し始め、腹部は肉眼でもわかるほど膨らみ始めている。その子は受肉こそしていないが、確かにそこにいるのだ…

亜夢は自身の肉体の変化にも気付かず、不気味なほど静けさを保っていた。

「ちっ、タチの悪い想像妊娠かよ。」

水槽の補修に一区切りつけた如月は、引き続きオーバーヒートしたダミートランサーの応急処置をしながら毒突く。

…リーダー、それってセクハラ。そう語る齋藤の冷たい視線を感じる。逃げるように視線を水槽に戻すと、如月の言葉に抗議するかのように、補修した亀裂からまた水が噴き出す。

「ホラ、怒らせた。」齋藤は冷たく言い放つ。

「くそっ!」如月はその箇所に再度補修剤を上塗りしていく。心なしか水槽に伝わる振動が強まっているように感じられた。

「PSIパルス反応値、上昇してます!」

「如月さん!齋藤さん!戻って、早く!」

貴美子は、水槽の間近で作業に当たっていた如月と齋藤を結界保護された制御エリアに呼び戻す。

IMCでもインナースペースの変動はモニターしていた。

「深層無意識域に高波動収束エネルギー感知!」

田中が即座に報告する。

「アイリーン!通信はまだ回復しないか!?」

アイリーンは先程から懸命に通信の回復を試行していた。東が問いかけたその時…

…ザザ…ちら…ンナーノーツ…ザ…

先程より幾分聴き取れるメッセージが入る。

「インナーノーツ、無事か!?」早る東は、モニターに呼びかけた。が、応答はない。

「単方向の指向性時空間通信です。こちらからは通信できません!」

…深層無意識…ザ…ンナーチャイルドと推定…ザ…波動収束体を捕捉…

IMCスタッフらは送られてくるメッセージに傾聴する。そのメッセージは回線を通して、亜夢のいる保護区画と<アマテラス>のメンテナンスドッグ制御室にも流れる。

「インナーチャイルド…」

貴美子は、その言葉と目の前の亜夢に現れた現象とが符号していく感覚を覚える。

ザ…れより…表層無意…高同調を確保…つつ、ブラスターによ…鎮静化…試みます。…

…同調増幅の…先程のよ…ザ…現象化反応が予想され…す。対象者の生体維持を…続き…がいします。…これより60カウント後、行動開始します。以上!…

「貴美子!」藤川は通信を聴き終えると、即座に妻に呼びかけた。

「わかってるわ!全ダミートランサー、スタンバイ!」

貴美子の指示に如月らは素早く応える。

「アイリーン、通信との時差を補正して、カウント同期できるか?」

「はい!補正37カウント、あと…20秒です!」

「よし、可能な限りそのまま同期を維持!田中、発信元の時空間に誘導ビーコンをセット。いつでも回収できるよう準備しておけ。」

「はい!」

田中は早速準備にかかる。

「10秒前!カウント入ります!10…9…」

アイリーンの冷静なカウントが、IN-PSID館内の関連部署に響き渡る。

「8…7…」

<アマテラス>のメンテナンスドッグでは、アルベルトら技術スタッフらが対PSI現象化防護服の着用を進めていた。

「いいか、どんな状態で戻って来てもすぐに作業にかかれるように準備しておけよ!それとまずはアイツらの安全確保を最優先だ!」

アルベルトは防護服を着込みながら声を張り上げ部下たちに指示した。威勢のいい返事が返される。

「6…5…」

「4…3…2…1」

アイリーンとアランのカウントは時空間を超えて完全に重なっていた。

「PSIパルス感応、入力最大!行くわよ!」

アランがPSIパルス感応装置の入力値をMAXまで引き上げると、<アマテラス>は「赤ん坊」の真正面に躍り出た。「赤ん坊」はそれに反応するかのように一段と強い鼓動を脈打ち始める。

「衝撃波、来ます!」

「全量子スタビライザー、次元深度黒20!踏ん張って!」

「量子スタビライザー、次元深度黒20!」

カミラの指示に復唱しながら応えるティム。
<アマテラス>の4枚の翼が煌めき時空間の壁を引き裂くように突き刺さる。

衝撃波に煽られるも<アマテラス>は体勢をなんとか保つ。

「シールド、船首に最大展開!」

「了解!」直人は短く答えると、PSI-Linkシステムを通してシールドの出力を前方に集中させる。
前方を示すモニターに薄い皮膜のようにシールドの発光が現れ始めた。

「進路そのまま!全速前進!」

「ヨーソロー!」

「赤ん坊」は巨大な頭を持ち上げ、ゆっくりとその瞼を開いて行く。
その眼窩は深い闇…はるか集合無意識の底まで続いているのか、波動収束フィールドによる構成限界の為、激しく揺らいでいる。

直人はその眼差しの奥に吸い寄せられるような感覚を覚える。

…間違いない…この目だ…ずっとオレを見てる…なぜ…

「これよりターゲットを『サラマンダー』と呼称する。」

「ナオ!PSI ブラスター全門一斉斉射用意!目標、前方『サラマンダー』!」

表層無意識との同調率が上昇するにつれ、「赤ん坊」、否「サラマンダー」の収束確率も追従して引き上げられる。
サラマンダーははっきりと<アマテラス>を喰らい尽くすべき獲物と認識した。

目覚めの咆哮は時空間を震わせ、熱風を巻き起こす。それは炎の壁となって、<アマテラス>に押し迫る。

「アラン!シールド消耗監視!ティム、このまま押し通る!」

「いけぇぇ!」

ティムはサラマンダーの産み出す炎の壁に<アマテラス>の舳先を突き立てる。

炎と水のせめぎ合いが、爆風のように周辺時空間に広がると、亜夢の肉体にも次元を超えてその衝撃が広がり、亜夢の体もそれに反応する。

「シールド損耗率、90%!まだか!?」

アランが声を張り上げる。

「オーバードライブ、セーフティ解除!
一点突破よ!船首が入り込めばそれでいい!」

「了解!」

ティムがオーバードライブのセーフティレバーを引き倒すと、機関音が激しい悲鳴をあげ始める。

「ナオ!シールド制御を私に回して。あなたはブラスタの方を!」

「は…はい!」

キャプテンシートには<アマテラス>の全操縦機能が備わっている。
カミラはPSI-Link インターフェースモジュールに手をかけると、シールドの操作を直人から引き継いだ。神経が焼きつくされるような熱がカミラのその左腕を襲う。

「うっ…!」

痛みに耐えながら、カミラは直人がこの熱量を引き受けていたことに感服する。

「隊長!」

直人はカミラの苦痛にすぐに気づく。

「構うな!」カミラは自分を気遣っている直人を一喝。
「PSI Linkフルコンタクト!同調80超過と共にブラスター発射!」

「はい!」

今はお互いを気遣っている場合ではない。直人は気持ちを切り替えブラスターの発射準備にかかる。

PSI-Linkシステムによるブラスターダイレクト操作に切り替え、軽く目を閉じて意識を集中していく。
インナーノーツは日頃から変性意識状態に意識的に移行する訓練を重ねており、緊迫した状況下でも瞬時に変性意識状態に入ることができる。特に直人は変性意識状態に入り込みやすい。

直人の意識の中に大きな波のように押し寄せてくるエネルギーの奔流…<アマテラス>が
今同調を確立している亜夢の表層無意識の波動であることを直人は直観する。

イメージの中にターゲットである「サラマンダー」とそこに重なるように照準が現れる。(正面モニターにもそのイメージが立ち現れ、直人の照準状況をモニターできるようになっている。)

熱い…そして重い…

…これは火、情念の火…

照準を絞りこんでいくと「サラマンダー」からのPSI パルスも直人に入り込んでくる。

炎と水のせめぎ合い…それはまるで生と死の葛藤…

…生きたいの…

…どうして?…死ぬの?…

…定めだから…

ふとまた聞こえてくるあの声。
直人はハッとなる。
同じ声のようだが、二つの人格が会話をしているかのようだ。

…受け入れる…ただそれだけのこと…

…いや!

…いやぁぁぁ!…

「シールド損耗98%!機関爆発寸前!」

アランは<アマテラス>の耐久が限界に達していることを告げた。

「サラマンダー」は口腔を拡げ、<アマテラス>に喰らい付こうとする。

「まだよ!」

カミラの一言でサニ、ティム、アランは覚悟を決め、直人の一撃に全てを託す。

…わたしは死なない!死ぬのはおまえだ!…

…おまえだけだ!!…

激しいプレッシャーで直人に押し迫る「サラマンダー」の波動。

…ダメだ!そんなことをしたら、キミは!…

思わずそのプレッシャーに呼びかける直人。

…!!

…直人の存在に気づいた「サラマンダー」が一瞬たじろいだ様に感じがした。

その時、<アマテラス>の船首でくすぶっていたエネルギーが減圧し、<アマテラス>は「サラマンダー」の口腔の中に吸い込まれるように船首がめり込んだ。

それと同時に正面モニターに表示されていた同調率カウンターが80%を突破し、照準がロックオンを決めたことを知らせる。

「今よ!PSIブラスター発射!」

カミラは空かさず発射を指示。

「発射!」変性意識状態のまま、直人は右手でブラスターのトリガーをひく。

両舷PSI ブラスターで生み出されたエネルギーストリームは、片舷毎に渦潮のような回転を作りながらその上方で一体となり、二条のジェット水流の様な形状の光線となって「サラマンダー」の開け放たれた口からその奥へと吸い込まれていく。

「全速後退!離脱!!」

カミラの号令にティムは目一杯の速力で<アマテラス>を逆進させる。

<アマテラス>が「サラマンダー」から離れると、「サラマンダー」の炎が次第に弱まっていく。代わりに体内から大量の水が湧き出し、「サラマンダー」はその形を保てなくなり、自ら湧出させた水の中へと溶けていく。

その水は一層勢いを増す…
あたり一面の炎の世界を瞬く間に水の中に覆い隠していく。

浄化の洪水だ。

「PSI現象化反応ダウン!正常値へ移行!」

「バイタル急低下!脳波、更に微弱!」

亜夢の肉体は、更にエネルギーを失うかのように生命機能が低下し始め、下腹部の膨らみも元に戻り始める。

「ダミートランサー緊急停止!急激な現象化引き戻しのショック症状だわ!カンフル剤投与!」

「真世、至急医療スタッフの応援要請!」

貴美子の切迫した指示に、一瞬戸惑いを覚える真世。

「水槽から亜夢を開放、集中治療室へ搬送する。」

真世は貴美子の緊迫した表情の中、声が幾分和らいだのを感じた。

「おばあちゃん…それじゃ…?」

「ええ、やってくれたのよ。あの子達が。」

IMCの卓状モニターに映る映像にも刻一刻と変化が現れ始めた。
海底火山群から噴き出していたマグマは次第に、色を変え、渦を描きながら海中に溶け込んでいく。

その光景を微動だにせず見守っている藤川。

「やったのか?インナーノーツは!?」

その傍で東は、必至に<アマテラス>の探知を続けているアイリーンと田中に問う。先ほどのメッセージを最後に未だ<アマテラス>の行方を掴めていない。

「おい!あいつらはどうなってる!?IMC!」

メンテナンスエリアのアルベルトは防護服に身を固め、<アマテラス>の帰還に備えていた。

「待ってください!まだ…」

田中がアルベルトの剣幕に押され、気弱な返事を返す。

「くそ!」そう言いながらアルベルトは壁を叩きつける。

「最後につまらんヘマこくんじゃねぇぞ、ティム。」

「ん?」
IMCの卓状モニターに映る光景を見つめていた藤川が流動する海底渦の中心に微かに煌めく光点を見出したその時…

「こちら、インナーノーツ、こちら<アマテラス>、インナーノーツ!IMC、応答されたし!」

田中のモニターに<アマテラス>のシグナルが蘇る。

「<アマテラス>表層無意識域、帰還可能次元に浮上!」

誰からともなく上がった歓喜の声がミッションの成功を告げた。

日は高く、海は穏やかな波を称えていた。

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