4.目覚めし者 −1

「波動収束フィールド、時空間振動探知!反応群数2!また”アイツら”です!」

レーダー手、サニの報告を待つまでもなく、メインモニターに拡大された探知画面に、無数の点が急速にプロットされていく。それらは再び二本の腕状の形態をとり始める。

「同調率54!時空間転移完了まであと40秒!」

「腕状収束体、急速接近!前方、後方より挟まれます!」

「ナオ!シールドを維持して!総員、衝撃に備え!」

「シールド、出力全開!」

直人がシールド出力を上げた瞬間、前方より<アマテラス>船体を突き抜ける衝撃が走る。

その衝撃に耐える間も無く、後方からも衝撃の波が押し返してくる。

シートにしがみつき必至に耐えるインナーノーツ。

そのままその「両手」は、<アマテラス>を握り潰すかのように圧力を加え続ける。

その圧力は「腕」に閉じ込められた熱を解放すると炎の柱と化し、そのエネルギーは「腕」を支える海底に激震をもたらした。

蠢く海底はひび割れ、その瓦解した表面のいたるところから流血の如くマグマが流れ出す。

けたたましいアラームが室内に鳴り響く。
亜夢の保護区画、中央の巨大水槽の亀裂は、急激に成長する蔦のようにその球体を包み込んでいく。

もがき苦しむ亜夢の両腕は、再び炎の影をまといながら、何かに抗うように自らの喉元へ向けられる。

その両の手の細指は、彼女の意思とは無関係にその細い首へと食い込んでいく。

「やめて!亜夢ちゃん!そんなことしたら…」

真世は亜夢に届くはずもない声を上げずには居られない。

亜夢の指は何かに阻まれたかのように、ギリギリで止まっている。

水槽の亀裂から結界水が溢れ出してくる。

「ダミートランサー!もう持ちません!」

INNER SPACE から現象化するエネルギーを誘導、熱や光の物理エネルギーに転換、拡散させるダミートランサー。備え付けの6機とも全てオーバーヒートを起こし始め、悲鳴と煙を上げ始めている。

「冷却水の開放弁を全開にするんだよ!」

「やっ…やってますって!」

「そうじゃない!手で開けるんだ!来い!」

コントロールパネルに向かって戸惑っている医師らを叱咤し、医師らを引き連れて如月は保護区画の配水調整室へ向かう。

「まだなの、インナーノーツ…」

貴美子の顔に焦りがみえる。
もうこれ以上は持ち堪えられないのだと、真世は悟った。

…お願い、皆んな!…

もがき苦しむ亜夢を目の前に、真世は祈るしかない。

「<アマテラス>、時空間転移完了まであと20秒!シールド損耗率50%を切りました!」

状況を報告するアイリーンの声にも緊張がみなぎる。

IMCのスタッフ、モニターで状況を伺うアルベルトと彼の部下達…事の成り行きを固唾を呑んで見守っている。

「同調率65%!転移完了まであと10秒!」

「うぅぅ!」

シールド出力をコントロールしている直人のPsi Linkコントローラーから、シールドに伝わる熱がフィードバックしてくる。
物理的な熱は然程ではない…精神を焼く炎である。

「ナオ!もう少しよ!持ち堪えて!」

シールドが押し破られ始め、「手」の指先がジリジリと<アマテラス>船体の表層に迫る。

「時空間位相反転!転移開始!」

アランが叫ぶと同時に、ブリッジのモニターに映る光景が歪み始める。

その「手」の中で眩い光を放ちながら、<アマテラス>は時空間の歪曲の中へその船体をねじ込ませていった。

「手」とシールドのせめぎ合いで生まれたエネルギーのボルテックスが、それを支えていた中心を失い、「手」の内側で大きく弾ける。

「手」は火球を散らしながら仰け反り、空間の闇へと吸い込まれていった。

ほぼ同時に、亜夢の肉体も魂が抜け落ちたかのように弛緩すると、先ほどまで首を締め付けていた両腕を開け広げる。
亜夢を見守る真世、如月らは発作の中断に一息つく。

だが、貴美子の顔に安堵の笑みが戻ることはない。…ここからが正念場なのだ…

炎と水が混じり合うかのような空間変異場を進む<アマテラス>。

「転移明けまで、あと20秒!」

「転移明けの意識混濁に警戒!各自、Psi-Linkハーモナイズ感度監視!」

有人起動試験の際、クルー達に軽い意識混濁が発生した深層無意識域への突入である。
カミラは同じ轍を踏まないよう警戒を促した。

「う〜…酔ってきたぁ…」

「サニ!しっかりして!」

案の定、試験の時と同じくサニが早くも影響を受け始める。サニは何とか意識を保ち、渋々ハーモナイズの調整を始めた。

「出るぞ!」

アランの声に呼応するかのように空間が開けていく。
次元間で時空間転移した為、次元ギャップにより波動収束フィールドによる時空間構築が追いつかない。モニターはモヤのような闇を映すばかりだ。

「あれ?何ともねぇな…慣れた?」

あの不快感が襲ってくるのを待ち構えていたティムは不思議そうな顔で隣の直人を見つめる。直人も平気と言わんばかりのキョトンとした顔をしている。

「昨日ほど意識混濁は感じないわね。調整したのかしら?」

カミラも奇妙な面持ちでアランに答えを求めた。

「ああ。やっつけだがな。」

アランが説明する。
自動ハーモナイズ機能の再調整は昨晩からの復旧作業では対応できなかった為、ハーモナイズパラメーターにクルーらのPSIパルスパーソナルデータをダイレクト入力で応急的に対処した。そのデータは昨日の起動試験直後に行われた際の検査で採取されたデータということだが…

「ちょっと、それいい加減なんじゃない?
なんでアタシばっか…」

何とかハーモナイズ調整を行って持ち直したサニが息巻く。

「すまん、お前のデータだけとれなかった…」

「はぁ!?」

再検査になった直人とサニは、最初の検査のデータは異常値が含まれていて使えず、再検査でデータを採取したのだが、サニの検査前に呼び出しが入って再検査を中止したため、データ採りができなかったらしい。

「セ、ン、パ、イ」

直人が検査で眠りこけてたせいだ!
そう言わんばかりのサニのジトッとした視線が背中に突き刺さるのを直人は感じた。

振り向いたらダメだと自分に言い聞かせ、直人は知らん顔を決め込んだ。

「もういいでしょ、サニ。それより時空間探知次第、波動収束フィールド再設定!」

「りょーかい」

ぶすっとしながらも、サニはカミラの指示を遂行する。

サニが作業を開始したその時…

…うして?…てないで…

…だ…

…ぬのは…やだ…

急に胸のうちから湧き上がる炎のような気配とともに、直人の心の中で何者かの声が響いてくる。

ハッとなり正面のモニターを見据える直人。
モニターには暗闇が広がっている。その奥から、あの感覚が、自分を見つ目返してくる…

「周辺時空間危険率12%、波動収束フィールド再設定開始!」

サニが波動収束フィールドを現宙域に合わせこむ自動再設定を起動した瞬間…

「!」

何か来る!

とっさに直人は、ティムの握る舵を横から奪い、めいっぱい取舵へ切る。

「な…何すんだ!?」

直人の行動に憤りティムが叫んだその刹那。

右舷側に激しい閃光と熱の塊が過ぎ去っていった。

「ぅわ!やっべぇ…」

直人がとっさの行動をとらなかったら直撃を免れなかったと悟ると、ティムは背筋がこわばるのを感じた。

「ティム!そのまま回避行動!最大船速!」

カミラは即座に指示する。

「了解!ナオ、任せろ!」

直人から舵を取り戻すと、ティムは流れた船体の勢いそのままに態勢を整え、ドリフトさながらに横に滑らせながら船を走らせる。

次から次へと熱線が<アマテラス>を狙って襲いくる。螺旋を描くが如く身をよじらせながら、ギリギリで熱線を回避する。

「サニ!前方指向性スキャン!熱線の発現ポイントを特定して!」

「はい!」

波動収束フィールドが安定してくると、<アマテラス>の周辺は、地底にひろがる溶岩洞窟のような様相を見せ始めた。

その深い闇奥から地下水脈のように流れ出る溶岩流。一方で、その洞窟の表面にはその溶岩流の流れをせき止めるかのように大量の水が溢れ出しているが、溶岩流はその水をことごとく焼き尽くしていく。

否、湧き上がるマグマは、水を油の如く糧として一層燃え上がっていた。

「発現ポイント特定しました!現在収束率で座標1-11-0.9!この洞窟の最奥部です!」

サニから報告があがる。

「サニ、熱線の射線データをリンクして、回避アルゴリズムへセット。」

「了解!」

「ティム!回避アルゴリズムに沿いながら、目標座標に接近。当たらないでよ!」

<アマテラス>は溶岩流からプロミネンスのように立ちがる火柱と、執拗に追いかけてくる熱線をかいくぐり、洞窟の最奥部、この灼熱の世界の主を目指す。

「アラン、特定座標の解析は?」

「有効範囲外だ…もう少し近づけるか?」

「やってやるさ!」

洞窟状の回廊を奥へ奥へとひた走る<アマテラス>。波動収束フィールドで構築できる時空間情報もオーバーフローしかけ、所々で闇に帰す。

…ズゥン…ズゥン…

それと入れ替わるように地鳴りのような振動が<アマテラス>に襲い来る。

「今度はなんだ!?」

熱線をかわすのに躍起になっていたティムは操縦桿から伝わる振動にいち早く気付き、声を上げた。

…ズゥン…ズゥン…ズゥン…

「空間衝撃波?総員、第1警戒態勢!」

空間衝撃波が次第に強まっていく。
<アマテラス>の侵入を拒むかのように…

「おばあちゃん…どう…なってるの…?」

真世は恐る恐る尋ねる。

亜夢は先ほどの発作が収束すると、屍のように身動き一つせず水槽の中を漂っていた。
呼吸器から時折、泡が溢れ出る様子だけがかろうじて一命を取り留めていることを窺わせる。

「…わからない…でも、まだ…」

開かれたままの回線から、IMCのやりとりが聞こえてくる。

「…深層無意識LV3に<アマテラス>の反応確認!目標PSIパルス発生エリアへ接近中!」

「通信は?回復したか?」

「それが…未確認の次元衝撃波で安定しません!」

「構わん、繋いでくれ。」

ザザ…ザ…ら…ンナ……ーツ…ザザ

途切れ途切れのカミラの声。モニターに映るブリッジの映像もその度に乱れる。

「インナーノーツ!こちらIMC。聴こえるか!?」

…ザザ…そう…ルス……き…ちゅ…ザザ

…そらく…ザザ…く…い…かく…ザザザザ!!

「インナーノーツ!どうした!インナーノーツ!」

東の必死の呼び掛けもとうとう届かなくなる。

「ダメです!これ以上、通信を維持できません!」

「くっ!」

苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、途切れた通信モニターから目を離さない東。

その肩にそっと手を添える藤川所長。

「大丈夫だ…彼らならやれる。」

「はい…」

…ズゥン…ズゥン…ズゥン…ズゥン…ズゥン

脈打つ衝撃波に<アマテラス>は煽られ、一進一退を強いられていた。

「IMC!聴こえますか?応答願います!」

「カミラ!ダメだ…あの衝撃波でとても通信できない。」

これ以上の通信は困難であると悟りながらも、<アマテラス>の方でも何度か通信の回復を試みていた。

「くっ…なんだよ!これ!」

衝撃波の合間に放たれる熱線を回避しながら
ティムは苛立つ。

サニの監視するレーダーに反応が現れる。

「波動収束フィールド、目標座標に収束反応!」

彼らの目の前には、おぼろげに巨大な溶鉱炉のようなエネルギースポットが渦巻いている。その中央に、そそり立つ影が次第に実体を現し始めた。

生気を失った亜夢が漂う水槽にも異変が生じていた。亜夢の発作が止まっている合間に、IMSの如月と齋藤は亀裂の入った水槽に凝固補修剤を塗布し、応急処置にあたっている。
しかし、先程から水槽全体に、亜夢から発せられる何らかの波動が周期的に伝播し、亀裂をさらに深めていた。

「何とかしてくれ!これじゃ補修が間に合わねぇ!」

如月は声を荒げて解析にあたっていた医師に問いかける。

「どうなの?何かわかる?」

貴美子も追従して問う。

「…解析データ、出ました!…こ…これは?」

身体モニターの次元解析データにPSIパルスの感知強度がサーモグラフのように重なって表示される。
モニターを見つめる貴美子と真世。
ある一点に集中して強い反応がある…貴美子と真世はその部位の反応の意味を即座に理解した。

「まさか…」

「こんなことって…」

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