3.突入!インナースペース −2

ガゥゥゥン!!

<アマテラス>の後方に激しい衝撃が加わる。

咄嗟に身を屈めるクルー一同。

「何!?」

カミラは乱れた髪をそのままに顔を上げる。

すると、いつの間にか全てのモニターに赤黒く光る火球のようなモノが点々と顕れ、<アマテラス>を取り囲んでいく。

ゴボゴボと水槽の結界水の中で、大小の気泡が突如生み出され始めた。亜夢は苦悶の表情を浮かべながら、再びもがき始めた。

「また発作か!?」

如月が声をあげる。

「真世!結界水濃度+2%!」

貴美子は、何度か発生した発作で、対処方法を掴んできていた。真世に続き、医師らにも対応を指示していく。

「IMC!また発作が始まったわ!<アマテラス>はどうなっているの?」

貴美子の問いかけにアイリーンがモニターに出て現状を報告する。

「通信障害が発生中です!おそらく、対象の精神活動と何らか接触があった模様!」

そのモニターの後ろから藤川が割って入る。

「貴美子、そちらはとにかく亜夢の身体を持たせる事に注力してくれ。」

「わかったわ!」

「1時、5時、6時、10時の方向に収束体群!収束数12!収束率78%」

「ティム、進路そのままで機関最大!振り切るわよ!」

「ヨーソロー!」

「ナオ!PSI ブラスター1番4番準備!前方の収束体群をなぎ払う!」

「PSIブラスター1番、4番照準!軸線に乗りました!」

「ブラスター、撃て!」

<アマテラス>の上部両舷に装備された半球形の計6門のブラスターのうち、両舷の各1基が青白い閃光を放ちながら、空間に雷雲のようなエネルギーストリームを形成すると、そのままビーム状の光の束となって、迫り来る火球を打ち砕く。
収束体としての実体を保てなくなった火球は次々とインナースペースへと還元されて消えていった。

全速力で突っ切る<アマテラス>後方からも火球が迫り来る。

「<アマテラス>後方、収束体群4!下方にも収束反応!来ます!」

「キリがないわね。ナオ!トランサーデコイ射出用意!」

「トランサーデコイ射出準備よし!」

「誘導座標2-1-1。発射!」

「発射!」

<アマテラス>後部主翼の付け根のトランサーデコイ射出機から、<アマテラス>の固有PSIパルスを擬態したデコイが射出される。

数体の収束体がデコイに向かって突進し波動収束フィールド彼方へと飛び去っていく。
しかし、残りはそのまま<アマテラス>の後方に食らいついている。

「ダメだ!ほとんど喰いつかない!まだ追ってくるぞ。」

デコイの誘導状況を観測していたアランが即座に効果を判定し報告した。

「…くっ!」

その時、空間に激震が走る。

赤茶けた海底岩盤に亀裂が生じ、そこから赤黒く焼け爛れたマグマ流が流血のように溢れ出す。

亀裂からは、先程の火球の大群が放出され、<アマテラス>のいる「海域」へと拡がっていった。

<アマテラス>を追っていた火球の群れも、この大群に飲み込まれ、その大群はみるみるうちに海水を赤黒く染めていく。

<アマテラス>は、それを避けながら目標地点を目指し、全速力で離脱。

「海水を侵食している…」

アランはその光景を端的に表現する。

「そんな…この海域はまだ無意識域でも表層のはず…まさか!」

カミラには、このインナースペースで起こっている事態が見えてきた。

「後方に高エネルギー収束反応!!これは…」

サニがレーダーに映し出された「その形」に息を飲む。

「メインモニターにビジュアル投影!収束補正最大!」

前方のメインモニターにウィンドウが立ち上がり先ほど噴出した火球群が一つに集まりながら巨大な影を形成し始めていた。

「…手だ…」

呆然とティムが言い放つ。
他のクルー達もその光景から目が離せない。
腕を形成する部位からは、赤黒い溶岩が明滅し、脈動する血管のように浮き上がって見えた。

その時、警報が鳴り響く。

「下方にも高エネルギー反応収束中!来ます!!」

「面舵90!全速回避!!」

ティムが舵を右へ切り、<アマテラス>は急激に進路を変える。
先程まで<アマテラス>がいた空間を火球群で形成された火柱が貫いた。

先ほどと同じようにその火柱は、黒々とした影を形作り、もう一つの腕へと姿を変えていく。

もう一本の腕は、その手が形成されるや否や、<アマテラス>へとその指先を向けて来た。

「追って来た!!」

レーダーを監視していたサニが焦り叫ぶ。

「狙われている!?ティム!!」

「逃げるっきゃないね!」

ティムはカミラの指示を理解し、船を走らせる。

「バイタル異常検知!体温、血圧、脈拍、呼吸…どれも上昇中!」

亜夢の肉体にも次々と異常事態が起こり始めた。

「PSI 現象化反応!まずいぞ!」

如月が叫んだその瞬間、ピキッピキッと何かが砕ける音が聴こえてくる。
亜夢の保護水槽の特殊ガラス壁面に亀裂が入り始めていた。

「結界水槽が…」

貴美子達は水槽の亀裂に唖然とする。
その光景に、もはや対処の術がなくなって来たことを悟る。

「…おばあちゃん、何…あれ…」

亀裂に目を奪われていた一同は、真世の怯えるようなその声に、亜夢に視線を向けた。

ノースリーブのウェットスーツのため、彼女の腕が真っ赤に紅潮しているのはすぐに見てとれた。しかし、それだけではない。

その腕をまるで薪のようにして、燃え盛る炎のような影が包み込んでいる。

その腕で、亜夢は何かを探るかのように、自身の身体を両の手で啄む。

そのたびにウェットスーツの表面が焦げ、めくれ上がる。

「冷却は!?」

「目一杯です!間に合いません!」

「全ダミートランサー、レッドゾーンに突入!許容限界まであと5%!」

貴美子達が施してきた亜夢の延命措置は尽く無効化されていく。

「ここまで…なの…亜夢…」

「<アマテラス>との通信は!?まだ回復せんか?」

藤川の声も焦りを隠せない。

「依然、空間変動のため、通信波をキャッチできません!」

「インナーノーツ…」

東は力無く呟くしかできなかった。

<アマテラス>は海底から伸びる「手」に執拗に追いかけ回されていた。

「アラン!現在のPSI パルス同調率は?」

「67%!…先程から、どういうわけか上がり続けている。」

「アラン、同調率セーブ、25下げ!波動収束フィールドを維持できるギリギリまで落として!」

「了解!同調率、赤25!」

波動収束フィールドが変動し、モニターに映る像がピントのズレた写真のようにブレていく。

輪郭のボヤけた「手」は目標を失い、<アマテラス>の舷側スレスレを掴む。

「手」は行き場を失い、そのまま火球群に戻ったかと思うと、海水に溶け込むように消えていった。

「エネルギー反応低下!腕状収束体、消失…助かったぁ…」

サニが安堵と共に報告した。

「…やはり…」

カミラは一連の動きから自身の推測の確信を深める。

「通信信号キャッチ!IMCからだ。」

「インナーノーツ!無事か!?」

アランがメインモニターに通信映像を投影すると、食い入るようにこちらを覗き込む東の顔が現れた。

「チーフ。なんとか…無事です。」

東は安堵の表情を見せる。

「何があった?」

東の隣から、藤川が落ち着いた声で問いかけてきた。その声とは裏腹に額には薄っすらと汗が滲んでいる。

「手の化け物に襲われたのよ!怖かったんだから!」

サニが憤慨したように状況を報告した。

「手?」

「波動収束フィールドで形成された収束体です。我々を追いかけてきました。」

カミラが冷静に応じる。

「手…ですって?」

そこにもう一つウィンドウが立ち上がり、貴美子が会話に入ってきた。通信は彼女のいる保護区画にも共有されていたようだ。

「今やっと落ち着いたけど…今回の発作は激しかった。」

貴美子は、先の発作で亜夢の腕から発火のような現象が起き、その「手」で、全身をかきむしっていたことを伝える。

カミラも成り行きの詳細をIMCと保護区画に詰めているスタッフらに報告した。

「…つまり、深層無意識が、表層域を侵食している。そういうことだな。」

報告を聴いた藤川は、カミラの推察を言葉に現す。

「おそらく…。」

一同は暫しその結論に口をつぐむ。
事は想定以上に深刻だった。

「…って、どういうことでしょー?」

案の定、サニはよくわかっていない。

「深層無意識に押しやられた抑圧されたエネルギーが、表層無意識、つまり「心」を侵し始めているのだ…」

藤川が簡潔にまとめる。

表層無意識は、魂次元の最外層にあたり、脳や身体の各器官にPSIパルスにより直接結びついており意思や行動の源として、人のパーソナリティを決定づける、いわば身体のOS。

PSI心理学が体系化されると、「心」とは、この「INNER SPACE」と肉体の橋渡しとなる無意識の表層と定義された。(ちなみに通常認識している「意識」は、この時代、脳が司る現象界の認識に対する反応である思考、感覚、感情、直感の機能は「心」とは別とされ、「心」はこれらを背後から制御していると考えられている。)

一方で深層無意識は「個」として成り立つ最も基盤となる層であり魂の核となっているが、表層無意識がパーソナリティを形成する過程で、いくつもの可能性の情報がこの次元に留め置かれる。また、その更に深い次元となる集合無意識域と絶えず密接に時空間情報をリンクしており、そこから流れ込む膨大な情報から「自己」の魂を定義づける情報を構築し、また「自己」に不要な情報に対して防波堤の役割も担っているらしい。

表層と深層の無意識域に明快な境界は無く、通常、この二つの層で一つの魂を形成していると考えられており、深層のエネルギーが表層に作用し、パーソナリティや身体に重大な影響を与える事(時に心身の崩壊を招く。これがPSI シンドロームの大まかなメカニズムと考えられていた。)はあっても、深層の無意識が表層の無意識にあたかも別の意思を持って攻撃的なアプローチを加えるケースは珍しい。

「表層無意識との同調率が上昇したのも、侵食が進んで行き場が無くなった表層無意識がこの船を拠り所にしようとしたのでしょう。それに食いつくかのように収束体が襲ってきました。」

カミラが結論の根拠を肉付けする。

「あ、それで同調率落としたら追って来なくなったわけね。」

「デコイに食いつかなかったのもそれか…」

確認するように呟くサニと直人。

「でも、それじゃ自分で自分を侵食するようなもんだろ。そんな事あんの?」

「あり得なくはない…。」

ティムの素朴な疑問にカミラは答える。
「…それに…」カミラは続けた。
彼女が俯くと、幾分短めのボブスタイルにまとめた艶のあるブロンドの髪が彼女の表情を隠す。

「深層無意識に居るのが自己とは限らない…」

独白するかのように呟く。

「?」

ティムはカミラの様子に疑問を感じながらもそれ以上口に出る言葉がない。

「カミラ。」

アランは気遣うように彼女の名を呼んだ。その声にハッとなるカミラ。

アランは、カミラの方を向き、静かに首を横に振る。
直人、ティム、サニの三人はその二人のやり取りを怪訝そうに伺った。

カミラはジャケットの上から何かを握りしめているのに直人はふと気づく。

「所長…どうしますか?」

東は藤川の判断を仰いだ。

「うむ…」

東は続ける。

「深層の無意識にアクセスするには同調率を再び上げていく必要があります。しかし、同調率が上がれば<アマテラス>への攻撃も再開するでしょう。」

「肉体の発作もまた起きるわ…生体維持システムも限界よ…」

貴美子が補足する。

藤川は、通信モニターに背を向け、無言でIMCの中央にある卓状モニターに映るビジュアル構成された亜夢の心象風景を見つめた。微動だにせず凝視している。

頭の中でいく通りものシミュレーションをしているのだと、貴美子はモニター越しの夫の背中からすぐに理解した。

「…時空間転移…」

藤川からふと言葉が漏れる。

「如月君!今の発作のレコードから深層無意識からのPSIパルス発信座標を特定できるか?」

藤川は振り返りながら、モニターの方へ言い放った。

「バッチリ採れてますよ!そちらに転送します!」

如月から即答がある。
IMC田中の担当するナビゲーションシステムにすぐさま座標データが送られてきた。

「その座標へ時空間転移を強行。転移明けと同時に同調回復し、深層無意識の目標を捕捉、可能な限り表層無意識との同調を高めたブラスターによる沈静化措置を行う。」

藤川は、口早に新たなオペレーションプランを提示した。

「所長、リスクが大きいのでは?転移明け後、表層との同調を回復させるには、転移中も表層と最低でも50%程度は同調をキープさせながらになります。転移中は<アマテラス>は無防備。もしその動きを深層無意識に察知されたら…」

東はすぐさま藤川の立案したプランのリスクをつく。東にとって、インナーノーツのリスクコントロールこそ、最も大切な仕事の一つである。

「確かに問題はそこだ…要はタイミングとPSI バリアの耐性にかかっているのだが…。」

「それなら何とかなるかもしれんぞ。」

通信モニターに割り込んで立ち上がる、もう一つのウィンドウに技術部長アルベルトが現れた。<アマテラス>メンテナンスドッグのコントロールルームからの通信だった。

「<アマテラス>とのやりとりはこちらでも聴かせてもらっていた。色々と不安な点もあったんでな。」

アルベルトはおもむろに切り出した。

「おいおい、盗み聴きとはやるね。おやっさん。」

ティムが突っ込む。

「人聞き悪いこと言うなって。」

アルベルトは苦笑しながら返す。

「アル…何か良い手があるのか?」

「こんなこともあろうかと…」

得意げな笑みを浮かべながら続けるアルベルト。

「…というか、船首の装備が間に合わなかったんでな。その埋め合わせなんだが…」

「もったいつけないで早く説明してくれよ。」

ティムにとってアルベルトへのツッコミは反射反応なのであろう。

「船首装備の空きスペースにPSI 精製水の増槽タンクを設置しておいた。」

「はぁ…よりによって水ぅ?そんなん、何かの足しにでもなるの?」

サニが期待外れだと言わんばかりに反論する。

「いや、待て…これはかなり使えるぞ。」

アランはアルベルトの思惑を見抜きつつあった。

「そのとおり。PSI 精製水は適当な情報をインプットすれば、大体のものに応用できる。特にインナースペースの中ならなおのことだ。」

通信に加わる全員の視線がモニターのアルベルトに向く。

「コイツでシールドを作るのよ。」

アルベルトは、<アマテラス>に仮設増設したPSI精製水増槽と船首装備射出口、またこの射出機構まで機関から伸びたエネルギー伝導管の図面を展開しながら説明する。

増槽タンクは、主に第1PSIバリアの消耗、及びPSI反応炉のトラブルに備えて、その際のエネルギー源とすることを想定して設置していた。INNER SPACE突入時、その推進燃料としても使用している精製水であり、増槽タンクはその5回分を蓄えているそうだ。

また、これをエネルギー弾として船首装備の
射出口から打ち出し、いわゆる「武器」に転用する事も想定していたらしく、シールドはこの応用で実現できるという。

「こいつを<アマテラス>に送ってくれ!」

アルベルトはそう言うと、即席で組み上げたパラメーターコードのデータをIMCへ転送した。

アイリーンは言われたとおり、そのままそのコードを<アマテラス>へ転送する。

「そのコードで、PSIバリア第3層に船首発射口から船尾にかけて、流体運動を付加する。
あとは、発射口から精製水に射出データをインプットしながらリークさせれば、船体をすっぽり覆うシールドの出来上がり、ってな寸法だ。」

「時空間転移への影響は?」

藤川は十分有効性を認めた上で、懸念点のみ訊ねる。

「誤差範囲だろう。ま、やってみんとわからんがな。」

「うむ…。」

藤川の瞳に力が宿る。

「表層意識の侵食状況からみても、迷っている余裕はない。皆、直ちに準備にかかってくれ。」

「はい!」

IMCのアイリーンと田中は、直ちに準備にかかる。

「貴美子!転移時の発作に備えてくれ。最大出力で現象化を抑え込むんだ。設備を潰しても構わん。」

藤川は彼の妻をまっすぐに見据えながら指示を加える。

「やってみるわ、コウ!」

そう応える祖母の目は、祖父の目とそっくりだ…真世はそう思わずにはいられない。

<アマテラス>も時空間転移に備え、行動を開始した。

「第3PSIバリアパラメーターコード入力!流体運動開始!」

「船首装備へ射出データ入力、PSI精製水、リーク開始します。」

アランと直人は連携しながらシールド形成作業を進める。

「船体表層に収束反応。シールド形成確認!」

<アマテラス>の船体を波立つ水の皮膜が包み込んで行く。風に吹かれる湖面の如く、船首に開かれた扁平な六角の口から溢れ出た光放つ水泡の一粒一粒が、意思を持つかのように、船首から船尾にかけ煌めきを放ちながら踊るように流れていた。

「おやっさん!ナイスアイディア!」

「綺麗〜。」

その様子を船体内部側から映し立つブリッジモニターの光景にティムとサニは思わず声を上げる。

暫し俯いていたカミラもその声にふとモニターに視線を戻した。

「続いて時空間転移に入る。いいな、カミラ?」

アランが穏やかな口調でカミラに確認する。

「え…えぇ。」

アランはいつもどおりの鋭い眼差しでカミラを見つめている。しかしその表情はどこか柔らかい。

カミラはその眼差しを暫し見つめると、カミラはアランに軽く微笑み返し、顔を上げた。

「インナーノーツ、こちらの準備は完了だ!
あとは頼むぞ!」

通信モニターから東の檄が飛ぶ。

「了解。<アマテラス>、これより時空間転移により目標座標へ向かいます!」

カミラは凛として応えた。

「目標座標入力、時空間LV3 相対時空座標11-10-0.8!」

アランは自席の操作パネルに向き直り、着実に準備を進めていく。

「本丸へ切り込むわよ。皆んな、覚悟はいい!?」

カミラは仲間に問いかけながら自分に言い聞かせていた。
サニが、ティムが、直人が、そしてアランがカミラに引き締まった笑顔を返す。

皆の命、預かる。カミラは無言の笑顔で返した。

「同調復元!時空間転移、開始!」

「水の羽衣」が一層うねるように波立つと、太陽の女神は再び黄泉の闇へとその身を押し込めてゆく…

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