3.突入!インナースペース −1

「船体各部、最終チェック!」

「運行システム異常無し!」

「時空同調レーダー、波動収束フィールド展開機能良好!」

「PSI ブラスタ全門、誘導パルス放射機、トランサーデコイ射出機、動作正常。船首装備の閉鎖を確認。」

「第一、第二PSI パルス反応炉共に正常。PSI バリアジェネレーター起動。システムオールグリーン!」

カミラの指示に従って、ティム、サニ、直人、そしてアランが<アマテラス>船体各部のチェック結果を報告する。

訓練どおりのプロセスで粛々と発進準備が整えられる。

「<アマテラス>各部問題なし。発進準備完了!」

<アマテラス>の発進準備が整った事を報告するカミラ。

「IMC了解した。これより発進シーケンスに入る。」

「ガントリーローダー移動開始!<アマテラス>、トランジッションカタパルトへ!エントリーポート注水開始!」

格納庫兼メンテナンスエリアの側面扉が開き、<アマテラス>を繋留する搬入機がゆっくりとその奥へ彼女を導く。

つい先ほどまで、復旧作業にあたっていた作業員らは、メンテナンスエリアの最上層部に位置するメイン制御室に退避していた。
そのガラス窓越しに<アマテラス>のカタパルト搬入を見守っている。

「おやっさん…大丈夫っすかねぇ…」

作業員の一人が心配を口にする。
他の作業員も口にこそ出さないが、不安は隠せない。

「ばっきゃろぅ。お前らは、やる事きっちりやったんだろ?なら自信持て!」

復旧作業後、ロクにテストもできていない状況。不安になるのも無理はない。アルベルトは部下に言いながら自分にも言い聴かせる。

「無事に帰って来いよ…」

閉まり行く扉の向こうに消えていく<アマテラス>に精一杯の見送りの言葉を送った。

「<アマテラス>トランジッションカタパルトへ侵入。」

「カタパルト電磁固定確認、磁気浮揚開始。ガントリーローダー解除!」

<アマテラス>を搬入してきたガントリーローダーが後退すると共に、<アマテラス>の船体は磁気により浮き上がる。船体両側面に展開されたカタパルト射出装置が<アマテラス>の折りたたまれた4枚の翼の裏面に電磁力で接合し、浮揚した船体をホールドする。
この時代、PSI技術と共に開発されてきた時空間コントロールによる重力、慣性制御は異空間突入時の時空間情報に与える誤差が大きいため、この区画には旧世紀からのテクノロジーが生かされていた。

「<アマテラス>発進位置!現時空座標同期開始します。」

IMCのコンソールに設置された<アマテラス>発進シーケンスモニターのカタパルトを示すランプが黄色に点灯し「発進待機中」と表示されている。

それを確認し、藤川は<アマテラス>ブリッジのインナーノーツに呼びかけた。

「今回のミッションは、対象者「亜夢」の表層無意識のPSIパルスに同調、そのまま可能な限り個体無意識深層域に降下…彼女の覚醒の原因を特定し対処にあたる。」

インナーノーツの面々はモニター越しの藤川に注視している。
<アマテラス>を射出するトランジッションカタパルトの電磁固定装置は<アマテラス>の船首側を斜め下方に向けたまま彼女を抱きかかえている。
その先は暗闇に閉ざされたトンネル状の通路…内壁の上下に一直線に並んだ誘導センサーの微かな灯火が奈落の底へと誘う。

「天の岩屋」…誰が言い出したのか、技術者の間では<アマテラス>と対応させて、この空間をそう呼び習わしているらしい。

藤川は続ける。

「表層無意識層のPSIパルスとの同調を維持したまま、君たちが深層の無意識層と接触する事で、何らかの解決の糸口が見つかると考えているが…」

そこまで説明し、言葉を一度切る。

藤川は一瞬、顔を曇らせ、しばし沈黙した。

「どうしました?」

訝しげに尋ねるカミラ。

「いや…とにかく原因究明をまずは優先してくれ。貴美子、そちらの状況は?」

<アマテラス>ブリッジのメインモニターにもう一つ通信ウィンドウが立ち上がり、亜夢が保護されている区画の映像が立ち上がる。

貴美子とIMSのメンバー2人、真世の姿が見える。
皆、防護服のヘルメットを着用し直し、亜夢の生体維持に奔走している。

更にもう二人の医師が応援に駆けつけていた。

通信の呼び出しに気付いた貴美子がモニターに近づいてくる。

「先ほどの発作は幾分落ち着いたわ。でも、発作の間隔が夜間より短くなってきている…」

「これより亜夢への療法を対人インナーミッションに完全移行する。受け入れスタンバイは?」

「準備OK!今なら…いけます!」

貴美子の後ろで、亜夢の結界水槽に備え付けられた、対インナーミッション設備を齋藤と共に操作しながら、IMSリーダー如月は応える。如月の言葉は、突入のチャンスはこの発作のわずかな合間しかないことを告げていた。

「うむ、ではこれより突入を行う!」

「現0749、ミッションスタート!」

藤川に続けて、東がミッションの開始を宣言する。

「スロットル最大!突入出力へ!」

カミラの発令に呼応して、ティムがスロットルを開放していくと、突入時用燃料タンクよりPSI精製水(PSIを現象界で物理作用させる情報がインプットされた水。現象界と隣接次元の狭間にあるような半現象化した物質ともいえるもの。現象界でPSI のエネルギーを保持したり、利用する為の媒体としてスタンダードに利用されている)が、PSIパルス反応炉に一気に流れ込み、炉内で青白い発光を伴いながらそのエネルギーを解放する。

<アマテラス>の体内に「血」が通い始めると、彼女は目覚めの脈動に全身を震わせた。

「第1PSI バリア展開!現時空座標パラメーター入力!」

第1PSIバリアは、余剰次元空間インナースペースで<アマテラス>の船体及びその内部の時空間に現象界を保持する、いわば命綱である。
青白い微かな発光が<アマテラス>の船体を包み込んでいく。

「エントリーポート注水完了!突入次元パラメーターLV1セット!トランジッションカタパルト射出速度設定、地球自転速度補正、−1.3」

アイリーンと田中は、突入直前の設定を一つ一つ確認しながら的確に進めていく。

「最終シーケンスへ!カウントダウン、入ります。」

ティムはカタパルトの操作レバーに手をかけ、その時を待つ。

「10…9…8…」

機関の唸りが高潮してくる。

<アマテラス>後部のバーニアから青白い発光が漏れ出す。

「7…6…」

カタパルトのリニアレールに稼働を示すライトが灯り、奈落の底を照らし出す。

「5…4…3…」

エントリーポートに注水されたPSI 精製水が球体状の時空変異場の形成を始め、それによって現象化した電磁場の発光が朧げに見え始める。

インナーノーツ全員の視線はブリッジモニターに映るその光景に引き寄せられていた。

「2、1!!」

「<アマテラス>発進!」

カミラの発令とともに、ティムがカタパルトの操作レバーを一気に引き倒す。

約1kmほどのトランジッションカタパルトを勢いよく滑り出す<アマテラス>。

この射出装置はリニアレールにより、時速約300kmまで加速する。(<アマテラス>が突入する、エントリーポートに形成される空間変異場は異空間側からも現象化により電磁場が発生し、抵抗となる。この場を突破するための推進力を得る為のエネルギーを運動エネルギーで補う。)

加速Gがブリッジのクルーらをシートに押し付けながら数秒で奈落の底へと落ちて行く。

<アマテラス>の眼前に虹色に浮かぶ光球が瞬く間に迫ってくる。
その直前で電磁固定装置から解放され、その勢いのまま<アマテラス>は光球へと突き刺さって行く。
電磁場がプラズマ化し、激しい稲光に<アマテラス>が包まれると、一瞬にしてエントリーポート内は空になった。
わずかにプラズマ化した水分子がチリチリと発光を残しながらエントリーポートのドーム内を舞っている。

<アマテラス>ブリッジ内のモニターは全て白くホワイトアウトし、船体は激しい振動に包まれながら、前へ前へと「落ちて」行く…

インナーノーツらは激しい振動と体内をかき乱されるような感覚にひたすら耐えながら、船にその身を預けるしかない。

IMCのスタッフ達は、固唾を飲んで、エントリーポートを映し出す監視モニターを凝視していた。<アマテラス>の船影はすっかり消え去っている…

保護区画の亜夢を見守る貴美子達もモニター越しに状況を見守るしかなかった。

不意に<アマテラス>船体に抵抗を感じる。

直人は、不思議に思いながら周囲を見渡す。
ほかのクルーらも同じような反応だ。

先ほどまでの振動も不快感もすっかり消え、ホワイトアウトしていたブリッジのモニターも暗闇に返っていた。

「突入…成功…したのか?」

ティムが窺うように呟く。
カタパルト操作レバーを握る手が微かに震えていた。

「船体各部チェック。サニ、レーダー感度調整。ビジュアルモニターに切り替えて。」

カミラは意識して気持ちを立て直しながら、指示を飛ばして行く。

「はい!」

「アラン、IMCとのコンタクトは?」

「時空間通信回路オープン、通信回復する。」

IMC側にも<アマテラス>からの時空間通信信号が届く。

「<アマテラス>エントリー信号確認!突入、成功です!」

信号を確認したアイリーンは空かさず報告する。

IMCのスタッフらに安堵の表情が戻る。

田中が空かさずエントリー信号から<アマテラス>の居所を特定する。

「現在位置、IN-PSID西方沖合約2km地点の余剰時空間に突入した模様。多元誘導ビーコン送信を開始します。」

「時空間解析完了!ビジュアルモニター構築開始!」

サニがブリッジモニターを起動すると、暗転していたブリッジの側面、天面、及び背面の複数平面パネルに海底らしき風景が広がる。

「これが…インナースペース?」

「普通の海底にしか見えないなぁ…」

直人の不可解そうな言葉にティムが答える。

その時、目の前に岩礁が迫る。

「!!」

慌てて舵を切るティム。しかし間に合わない。

「きゃあ!」

驚いたサニが思わず手で目を塞ぎ、身を屈める。

しかし、船は何かに衝突した様子もなく、モニターに映った映像をすり抜けて行く。

「な…何だぁ〜脅かしやがって…」

「そこに映る映像は、影みたいなものだ。」

ティムの言葉を聴いていたかのように、IMCからの通信が入る。

藤川がモニターに現れる。

「君たちがいる時空間は現象界に最も近い隣接時空、現象境界域だ。現象界の存在情報のみで構成される認識の次元…プラトンの説いたイデア界とも言える。」

「君たちの船はイデアの世界にいる。そちらから見たこの現象界の存在は影。それを投影している映像も即ち影だ。」

「…さっぱりわからん。」

サニが思わず本音を漏らす。

「訓練で講習受けたでしょ?聴いてなかったの?」

カミラはため息混じりに苦言を呈する。

「睡眠学習しました!」

カミラは呑気なサニの返答に返す気も失せた。

「よーするに、うちらはあっちから見ると幽霊みたいなもんってことよ。」

ティムが子どもが理解出来そうな言葉を選んでサニに説明する。

「あ!なーるほどね!」

「…うまいな。まあそんなところだ。」

ティムの簡潔な説明に藤川も思わず感心し、「それでだな…」と、さらに話を膨らまそうとする。

「所長…あまり猶予は…」

呑気なやり取りが続いているのを側で見ていた東が歯止めをかける。面白いと思うとつい脱線する所長の癖をよく熟知している。

「すまん、そうだったな。」

東は淡々と次のプロセスの説明を始めた。

「いいか、これより「亜夢」の表層無意識域から捉えたPSIパルスを<アマテラス>にリンクさせる。直ちに時空間転移の準備にかかってくれ。」

「了解しました。総員、時空間転移準備!」

「機関、インナースペース航行モードに切り替える。第2、第3PSIバリア形成開始。」

「両舷次元スタビライザー展開。機関圧上昇、転移レベルに達します!」

<アマテラス>の表面に二重の光の衣が形成されていき、上向きに折りたたまれていた4枚の翼が開く。

第2、第3PSIバリアはPSIパルス反応炉がインナースペース航行モードに切り替えられる事で使用可能となる。インナースペース内では現象界の数万倍のエネルギー変換が可能となるPSIパルス反応炉の余剰出力で形成され、それぞれ船体防御、航行及び次元転移の制御を行う。なおインナースペース航行モードを現象界で用いようとしても、エネルギーを得ることは出来ない。

IMC側も<アマテラス>の準備に合わせ、作業を進める。

「真世、「亜夢」のPSIパルスデータをこちらへ。IMSは<アマテラス>の誘導に専念してくれ。」

「了解!」

「おじいちゃん、送ったわ!」

IMC田中の見守るモニターにPSIパルス波形が表示され、亜夢のいる保護区画水槽の時空間座標が転送された。

「PSIパルス及び、転移先座標確認。<アマテラス>へ送信します。」

<アマテラス>のブリッジでは、アランがPSIバリアへ数値化された座標コード情報がインプットされていくのを監視している。

「第3PSIバリアへの時空間座標パラメータセット確認。転移完了まで、船内カウント30秒。」

するとブリッジのモニターに映る海底の映像が歪み始め、エントリーポート、トランジッションカタパルト、IN-PSIDの中枢施設の映像が混じり合いながら<アマテラス>に覆い被さるように折り重なってくる。

IMCのスタッフ達の吐息まで聞こえるかのような傍をすり抜けたかと思うと、保護区画の巨大水槽が迫ってくる。

真世、貴美子、如月、齋藤が緊張した面持ちでこちらを見つめているのが見える。

そのまま強い引力に引き寄せられるように、水槽の中に漂う「亜夢」と"同化"していく…

「転移明けまであと5秒!」

「4…3…2…1!」

アランのカウントが切れると、再び水中のような風景が広がった。

保護水槽の結界水だろうか?

いや、違う…

直人は、突入前、IMCで見たあの光景を思い出していた。

そして、あの時感じた、何者かに見られているような感触も…

「転移完了!現在、対象とのPSIパルス同調率42%」

アランは粛々と状況報告を続ける。

「レーダー観測、波動収束フィールド展開可能な想定範囲の安全確認!」

「現宙域、危険率1.2%…安全圏です。」

カミラの指示に素早く対応するサニ。

「よし、波動収束フィールドを展開するわよ。展開エリア半径50kmで固定!スケールは自動調整。展開開始!」

波動収束フィールドは、<アマテラス>を中心として球形状に<アマテラス>との同時空間を形成し、インナースペース事象を一時的に波動収束効果により現象化させ、擬似的な物理現象として対処することを可能にする。

この空間への現象化を引き起こす程度は、インナーミッション対象、または処置対象の事象とのPSIパルス同調率によって決まる。
そして、その同調率を最終的に決定するのは、インナーノーツの「観測行為」であり「精神活動」である。即ち、対象へのインナーノーツらの精神的な繋がりをどこまで深められるか、それがミッション成否の鍵を握ることになる。(PSIクラフトが有人活動艇である理由もそこにあった。)

サニがカミラの指示どおり波動収束フィールドを展開させると、モニターの映像は仄暗く濁った海底の様相を露わにし出す。

直人が予期した通り、あの光景が<アマテラス>の周辺に拡がった。

「げっ…やっぱこの光景なのね…」

サニも予想はしていたが、IMCで見た映像より鮮明に映し出されたその世界にゲンナリした。

「<アマテラス>インナースペースLV2、個体無意識表層へ転移完了!波動収束フィールドを展開!」

IMCでは、田中が<アマテラス>の現状を報告する。

「貴美子、深層無意識域から突き上げられるPSI パルスはまだ捕捉できているか?」

藤川は、亜夢に付きっきりの妻にモニター越しに問いかける。

「今は発作が治まっているから…だいぶ微弱よ。おおよその範囲なら…」

「よし。如月君、その座標を可能な限り抽出してくれ。<アマテラス>に向かわせる。」

「了解!齋藤!」

齋藤は涼しい目元で応え、無言で件のPSIパルスの追跡を始めた。

「IMCより時空間マッピングデータ受信!ナビゲーションシステム同期開始。」

アランが監視するモニターにコード化されたデータが転送されてきた。

「ターゲット座標セット。自動航法に切り替え…」

カミラが次の指示を出そうとしたその瞬間…

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